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「創作者のマナー」・「鑑賞者のマナー」・「批評者のマナー」



「芸術」は「創作」においても「鑑賞」においても、完全に自由であるというのが現在の「芸術」についての「常識」に成っているわけですが、私といたしましては、そこのところに小さい疑問を持っているわけです。


『どんなものを創作するかは、創作者の自由なんです』とか、『どんな見方をしたって、全然かまわないんですよ、見る人が自由に見たらいいんです』とか、そういう言い方って、一見自由でイイように見えますが、『そうなんですか?それじゃあ、ひとつ失礼して』と言って、「〇〇億円の名画」に泥をぶちまけたりしたら、間違いなく牢屋行きでしょう。
まぁ、当たり前ですけどね。

とにかく、自由とは言っても、そこにやっぱり「マナー」みたいなものはあっていいんじゃないかと思うわけです。

そして、本当は「完全に自由」ではないのに、たてまえ上『完全に自由なんですよ』と言ってしまっていることに、やや問題があるような気がするわけですね。


やっぱり、その「自由」とは「完全な自由」ではなく、「限定付きの自由」なんじゃないかと思います。
こういう所を、ある程度までは正確に理解していた方がいいような気がするわけですね。

このことに限らず、現在の「芸術」は「自由」という言葉に縛り付けられていると思います。
「自由」であろうとするあまりに「不自由」に成っているというのが、現在の「芸術」の状況じゃないでしょうか?
(芸術だけとも限らないですけど)

それはさておき、「創作者」には「創作者のマナー」があるし、「鑑賞者」には「鑑賞者のマナー」があるし、「批評者」にも「批評者のマナー」があるんじゃないかなと思うわけなのです。

「マナー」とは言っても、形式的な作法とか、こういう風な見方をしなければいけないとか、そういうことではありません。
ただ、「見る側の人」は「創る側の人」に対して、「創る側の人」は「見る側の人」に対して、一定の「敬意」のようなモノがあった方がいいような気がするわけです。
まぁ、要するに「自由」と「無責任」はチガウと言う、これも当たり前のことなんですけどね。

でも、自由自由とあまりに言い過ぎるので、どうしても『もっともっと自由じゃないきゃいけないんじゃないのか?』とか『どこかハメを外したことをやらかさないとダメなんじゃないのか?』という傾向があるわけですねぇ。

そういったことからも、やっぱり「マナー」があった方がいいんじゃないかと思うわけです。

ということで、「創作者のマナー」・「鑑賞者のマナー」・「批評者のマナー」について考えてみるわけなんですが、実を言えば、私が「マナー」と思うことはたった一つのことしか無くて、『とにかくまじめにやりましょうよ』ということなんですね。

つまり、『真面目に創作して』・『真面目に鑑賞して』・『真面目に批評しましょう』ということに尽きると思うわけです。

「創作者」・「鑑賞者」・「批評者」の三者が本当の意味で真面目に、そして真剣に対峙すること、これこそが唯一にして最も大切な「芸術のマナー」なんじゃないでしょうか?
そして、これが意外と守られていないような気もするわけです。

ここで、また「自由」が出てきます。
要するに、「自由」が履き違えられていると思うわけです。
つまり、「芸術」においては、「真面目であること」が「自由でないこと」のように考えられているという傾向があるわけです。

「芸術」においては、どこかに「ハチャメチャさ」がないと目立たないということから、生真面目なモノが評価されにくくなっていて、そういう「生真面目路線」で行くには、「ハチャメチャ路線」で行くよりも何倍も大変になってしまっているような所があると思うわけです。
要するに「ハチャメチャ」=「自由」、「真面目」=「不自由」というのが公式になってしまっているところがあると思います。

これは、「見る側」にも言えることで、「ハチャメチャなモノ」を見つけてきて『アレなんかオモシロイですよね』というような鑑賞のしかたが今の主流になりつつあると思います。

もちろん、真面目に創作している人も、真面目に鑑賞している人もたくさんいるとは思いますが、そういう人たちが少しづつ肩身の狭い思いをするように成って来ていることは確かだと思います。


本当のことをを言えば、「芸術」に興味を持つような人は基本的に真面目な人なんだと思いますよ。
というか、真面目な人も不真面目な人も「自分の中のいちばん真面目な部分」で「芸術」に興味を持つんじゃないんですか?

『だって、それじゃなきゃ意味ないでしょ?芸術なんて』
「芸術」ってそういうものだと思いますよ。

なんで、せっかくの「自分の中の一番美しい部分」を、まるで「ツマラナイモノ」のように扱うんですかねぇ。
そう言う人って、「真面目さ」を憎んでいるように見える時があります。

『それ、チョトもったいないよ』

そんな風に思いますよ。




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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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