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「権利」は使われると必ず「権力」に成る



いま、社会にとって一番大事なことは、「人権」を確立することだと思いますけど、実を言うと、その「人権」は使われないのが理想的だと思うわけです。
どんな「権利」についても言えると思いますが、「権利」を使えば、そこに必ず「権力」が発生するわけで、それは徐々に横暴になっていくに違いないわけです。

 ※現在の民主主義社会では「人権」が確立されているという建前に
  なっていますが、実際には本当に「人権」が確立されている国は、
  人間の歴史上、まだ一つもないと思います。


「人権」などの「権利」と言うのは、基本的に立場の弱い者を守るためのモノだと勝手に思い込んでしまうんですが、どんなに弱い立場の者でも「権利」が与えられれば、一方的に弱いとも言い切れなくなってくるわけで、さらにそれを自由に使うように成れば、どちらかと言えば強い者の側になってしまうわけです。


もともと、「権利」と言うのは社会に「格差」があることを前提として必要性が発生してくるものなわけで、本当のことを言えば「格差」自体が無いのが一番いいわけです。

ただ、現時点でそういうことを言っても『無理でしょ?』ということで、仕方なく「人権」などの「権利」を確立して、「上からの権力」と「下からの権力」を拮抗させて、疑似的に「格差」が少ない状態を作って行こうということに成るわけです。

しかし、「下からの権力」であっても、一方的に使われてしまえば必ず暴走しますから、出来れば「上下方向の権力」が同じ力量で均衡を保っていて、尚且つ使用されないというのがイイわけですね。

まぁ、そうは言っても、現在は「権利」は必ず「上から下へ与えられるもの」と言う仕組みになっていますから、「上に立っている者」が自分と同じだけの量の「権利」を「下に居る者」に与えるわけありませんから、常に「力量」に差があるわけで、したがって、その「力量」を均等化することを「人権の確立」と言っているわけです。

 ※「戦争抑止力としての核」とか「犯罪抑止力としての刑罰」のような
  考え方ということですね。
  どれも使われないに越したことはないですよね。

でも、おそらく、もう少し社会が変化していけば「上に立っている者」が、「自分と同じ力量」を「下に居る者」に与えるようになると、私は思います。
要するに、一方的に「権力」を行使することに意味が無くなってきているわけですね。
そういう「傍若無人」をやっても意外と利益がなくなってきているわけです。

これは「地球」の中で、「人間」と言う「上に立っている者」が「傍若無人な振る舞い」をしても、あまり利益に結び付かなくなってきたことと同じ原理ですし、そのことと、必ずしも無関係ではないと思います。

 ※「人間」が地球上で「上に立っている」と言うのは、『人間が偉くなった』
  と言うような意味ではなく、単純に生物界の中で「人間」が立たされている
  位置のことです。
  
つまり、限りのあるものを有効に利用していこうとするときには、ある特定の方向から利用するよりも、いろいろな角度からの利用を考えていった方がはるかに多くの利益が見込めるということなんだと思います。
まぁ、「社会の中」でも「地球の中」でも、いま、「人間」がそういう位置に立たされているんだと思いますね。


この場合、その「一方的な権力」が「特定の方向」に相当するわけです。

「人間」は「智恵」を持ったことで「いま」に至っているわけで、「チカラ」をもって「いま」に至っているわけではないと思います。
そして、さらに「いま」に至って、「人間」は「チカラの原理」を脱ぎ捨てる時が来ているんだと思うわけです。
まぁ、脱皮みたいなもんなんでしょうね。たぶん。

そんなことからも、「人権」が確立された「その先」の時代に生きて居たいなと。

『ええ、自分だけでも行きますよ』


そんな風に思っているわけですね。



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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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