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「現在の芸術」と「現在のタブー」の関係



「芸術の世界」では、「タブー」と言われているようなものを敢えて題材にしたり、社会を縛り付けている「暗黙の掟」を破ることに挑戦したりすることを高く評価する傾向があると思いますが、実は「タブー」は「破ること」では無くならないことが多いと思うんですね。
それどころか、むしろ「芸術」が「タブー」を「破ること」によって、かえって「タブー」の存在感が増してしまう場合もあるような気がするわけです。


「芸術」は人の心を惹きつける性質がありますから、「タブーを扱った芸術」が素晴らしければ素晴らしいほど、結果的に「そのタブー」が人の心を惹きつけることに成るわけで、場合によっては、「タブーの存在」が助長されているケースもあると思います。

それから、「現在形の芸術」について言うと、「タブーを破ること」が絶対視され過ぎていると思うわけです。

現在、「芸術」において、人がやらないようなパターンで「タブー」を破った人は、だいたい高く評価されることが多いわけですが、そうなると、本当に「タブーを破ること」が目的だったのか、それとも、『そういうことをやれば人目を引いて受けるかも?』という目的だったのか?という所で、やや胡散臭い感じが出て来るわけですね。

とは言え、まだまだ「芸術」によって「タブー」が開示されることで、「タブ―」の無意味な部分が明らかに成って、「タブー」が解消されていく場合もあると思いますので、そういう場合は別だと思いますけどね。


もともと、社会の中に「タブー」ができ上がってしまうのには、それ相当の理由があるわけですから、それを完全に無くすことは難しいのかも知れませんが、そういう「理由」や「意味」があった時点までは、それは「タブー」と言うよりは「悪」と言うのに近いモノなんだと思うわけです。
その後、もともとの「意味」や「理由」が無くなって、実害が無く成った「形だけの悪」を意味もなく「禁忌」として遠ざけるように成ってしまうのが「タブー」なんじゃないかと思います。

必要が無く成ったモノをそのままにしておくと、たいていの場合弊害が出てくるわけですが、「タブー」も放っておくと徐々に社会に抑圧を生み出して、人間を縛り付けるように成るということだと思います。

そんな「タブー」なんて無いほうがいいに決まってるわけですが、やはり「悪」が無く成らない限り「タブー」もなく成らないということだと思います。
もとは、同じようなモノでしょうからね。
(実害が残っている「タブー」もけっこうあるし)

でも、今の時代においては、「タブー」は「悪」よりは消しやすいものなんじゃないかとも思うわけです。

もともとは「悪」だったものが、時代や社会の変化によってかなりの所まで無害化したことで「タブー」に成るわけです。
つまり、どちらかと言えば良くなっているわけで、その時点までは、そんなにひどいことが起きているわけでもないんだと思うんですね。
でも、それを放置してしまうから「タブ―」が弊害を生み出すように成ってしまうわけで、その後、その弊害が大きくなっていくことも出てきてしまうわけですね。
ということは、「タブー」はいち早く解消してしまえば、ほとんど害はないということに成るわけです。

だから、既に弊害と成っているような「タブーを破ること」よりは、「タブーを作らないこと」の方に意味があるわけで、少なくとも、「芸術がタブーを破ること」に、現在言われているほどの意味は、今ではもうなくなっていると思います。

「芸術がタブーを破ること」に意味があったのはひと昔前までで、情報の流通がよくなっている現在では、そういう意味も薄くなってきているような気がするわけですね。
現在では、大量に流れている情報を上手く使って、早い段階で「タブーの芽」を摘み取っていくことの方が意味としては大きいんじゃないでしょうか?

でも、それはどちらかと言えば「芸術の役割」ではないような気がします。

というか、「芸術がタブーを破ること」の意味が薄くなっているのに、それをあまりにも「ありがたいモノ」として扱い続けていると、それ自体が「逆・タブー」的な性質を持つようになってしまう恐れすら出てくるわけで、そうなれば、『ミイラ取りがミイラ』のようなパターンに成りかねないんじゃないのかなと。

そんな風に思っているわけです。



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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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