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「人間」は「何世代先の人間まで」を見込んで行動することができるのだろうか?



よく、「エコロジー」のような「地球環境」についての話をするときなどに(いや、別にほかの話でもいいんですけど)、『子や孫の世代に対して責任を持てる行動を~』というようなことを言うことがありますけど、果たして、人間は「何世代先の人間」までを見込んで行動することができるんでしょうか?
それとも、人間にできるのは「今のことを考えることだけ」なんでしょうか?
あるいは、そんなことすらもできないんでしょうか?


『~考えることができるのか?』ということだと、何となく、たいしたことはできそうもないような気がしますし、逆に、『そんなこと、できないとダメなんですか?』という考えも浮かんできてしまうわけですが、『~考えてしまうのか?』ということならば、『きっと、人間は考えてしまうんでしょうね、決してわかりもしない何世代も先のことまでも・・・』と思うわけです。

要するに、人間って、「未来」や「未来の人間」を想定しないではいられないところがあると思うわけですね。
「未来」を無視できる人はいるのかもしれませんが、「未来」を想定しないでいられる人は、そうそう居ないような気がしますねぇ。

「数世代先の未来」だと、みんながみんな想定しているとは限りませんし、いつもそんなことばかり気にしている人は、むしろ稀だと思いますが、「明日のこと」を全く考えないで生きられる人となると、そういう人もめったにいないと思います。

まぁ、人間が「歴史」を記録するようになったことで、「時代」を感じるようになったのは間違いないでしょうし、それらの「歴史」や「時代」が学ばれるようになったことで、「過去」だけでなく「未来」も意識せざるを得なくなったというのも確かなことのような気がします。

そして、その後、人間は「進化という仕組み」があるということに気が付いてしまったわけです。
つまり、「現在の人間の行動や思考」が「未来の人間を決定づけていく要素」に成るということを知っているということですね。

いや、それが正しいかどうか?ということではなくて、人間がそう思っているということですね。
もしも、「進化論」が間違っていたとしても、「現在の人間」が、そこから逃れられないということだけは間違いようのないことだと思うわけです。

まぁ、そんなことを考えていくと、『人間は何世代先の人間までを見込んで行動することができるのだろうか?』ということが、少しだけ具体的なことのように思えてくるわけです。

つまり、『人間は何世代先の人間までを見込んで行動することができるのだろうか?』というよりも、『人間の行動は、何世代先の人間までを見込んでしまうのか?』という感じですね。

「現在の人間」が無意識のうちに考えていることが「未来の人間」に影響を与えていく可能性はあるでしょうし、その「無意識」の中には『その無意識が未来の人間に影響を与えるものである』ということも含まれているわけですから、どっちが「影響を与えた側」で、どっちが「影響を受けた側」なのかがわからなくなってくるわけですね。

こういうのって、面白いですねぇ。とっても。
まぁ、役には立ちませんけど。


こういうことを言うと、『根拠もなく、いい加減なことを言うな!』という人も居らっしゃいますが、『じゃ、その根拠って、ナニ?』っていうと、けっきょく詰まるところ、「定説」なわけです。

「定説」を「根拠」にしなければいけないとすれば、永久に「同じ定説」を使いまわしていかなければなりませんよね。
まぁ、世の中には覚えきれないくらいたくさんの「定説」があるので、それでも困らないんでしょうね。

だから、そういう「定説好き」の人から見ると、こういう話がすごくイライラするんだと思います。
要するに、自分たちがせっかく勉強した「定説」を足蹴にされたように感じるんでしょうね。
(そんなつもりはないんですけどねぇ)
でも、それだと「学のない人間」は何も言ってはいけないということになってしまいます。

『(有名な)誰ソレがこういうことを言っています』みたいなことを「後ろ盾」にしないと、モノが言えないんだとしたら、そんな世の中は、つまらないと思いますよ。

まぁ、そういうわけで、結論なんてありませんけど、こんなことを考えてみたというわけです。




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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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