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「幸福主義社会」



なんで「幸福主義社会」って、今まで無かったんでしょうねぇ?
不思議です。

当たり前すぎるんでしょうか?


でも、意外と「社会」って「幸福」を追求していないんですよね。
「幸福」である前に「利益」だとか「勝敗」だとかを優先してしまうために、いつしか「幸福」が置き去りになってしまうということなんでしょうね。
要するに、「利益」や「勝敗」を掴んだ者が「幸福」も手にするに違いない!という思い込みから、そういうことに成っているわけですが、実は「利益」や「勝敗」を掴んだ者が「幸福」を手に入れられるとは限らないわけです。

少なくとも、現代社会においては、「利益」は過剰気味ですし、ほとんどの場合「勝者」と「敗者」は明確ではありません。

たとえば、北朝鮮のような明らかに「負け組」の国でも、体裁だけはアメリカと対等に渡り合っていたりしますよね。
一昔前なら、一か月で占領されて植民地化されていたと思います。
でも、現在においては「負け組」=「完全な敗者」ではありませんし、「勝ち組」=「完全な勝者」ではなく、多くの場合は『ナントナク対等』に成ります。

けっきょく、アメリカは北朝鮮を支援する立場に立たされますし、北朝鮮はアメリカの支援を受けながら、そのアメリカを非難していられるわけです。
現代はそういう時代なんだと思います。
だから、「勝敗」は「幸福」と直結ではないということですね。

「利益」にしても生産力の高い国では「生産過剰」で、どんどん「利益」が無駄に消費されたり捨てられたりしています。
ところが、その「利益の無駄遣いをしている国」が、「利益が不足している国」の「利益」を吸い上げてしまっていますから、当然いつまでたっても貧乏な国は貧乏なままです。

そして、やはり「利益」が「幸福」に直結していないわけです。
まぁ、無駄に成るだけですから、「幸福」につながらないですよねぇ。


さて、そこで、こんな時代だからこそ、「幸福主義社会」を追求してみてはいかがでしょうか?と思うわけなのです。

『〇〇を追求すれば幸福になるに違いない』その「〇〇」を「〇〇主義社会」と言ってきたわけですが、そうじゃなくて、もうそろそろダイレクトに「幸福」を追求してみてもいいんじゃないのかなと。

『いかなる行政を行えば人間が幸福になれるのか?』
『いかなる教育を行えば人間が幸福になれるのか?』
『いかなる法制度を設定すれば人間が幸福になれるのか?』
『いかなる経済機構を運営すれば人間が幸福になれるのか?』
『いかなる医療が実現されれば人間が幸福になれるのか?』
『いかなる芸術が表現されれば人間が幸福になれるのか?』
『いかなるエンターテイメントがあれば人間が幸福になれるのか?』
『いかなる衣・食・住があれば人間が幸福になれるのか?』

とにかく、ありとあらゆることすべてを「幸福」を基準にして考える社会です。
まっ、ハッキリ言えば「人間の幸福」に限っての話ですけどね。
要するに「人間のエゴ」ですけどね。

いま現在、人間が地球上で与えられている立場をフル活用すれば、けっこう「幸福」になれると思うんですが、どうでしょう?

つまり、他のことには見向きもせずに、ただただ「幸福」だけを追求していけば、いい線行くと思いますよ。
「変な意地」とか「見栄」・「自負心」・「ツマラナイ善意」のような人間の思い込みに過ぎないようなモノをすべて捨てて、「人間の幸福」だけに集中することが出来れば、きっと、「すべての人の幸福」は手に入ると思います。
たぶん、余ると思います。

その「余り」を確認してから、それを「良心」とか「善意」のような「ナントナク無害そうなもの」に少しづつ使っていったらいいんじゃないのかなと。

ハッキリ言えば、これ、「人間にとってだけのエゴイズム」ですけどね。
どうせみんなエゴイストであることからは逃れられませんから、だったら人間だけでも幸福に成った方がトクだと思いますよ。
別に、「エゴイスト」=「極悪」ってわけでもないんじゃないのかなと。


そんな風に思っているわけです。





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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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