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「長い題」=詩のような題(その11)



「長い題」=詩のような題(その11)です。

『これって絵の題なんですか?』

「絵の題なんです!!」

・・・・的な?感じで、「長い題」=詩のような題(その11)です。


『  』の中は「題の題」のようなモノです。
その絵を呼ぶのに使う「呼び名」だと思ってください。
「ニックネーム」のようなものです。
二か所あるものもあります。
(本当は、フルネームで呼んでもらったら最高ですけどね。落語の「寿限無」みたいで!)

あぁ、言い忘れてましたが、「絵」の「題」です。
あくまで「タイトル」として作っています。
その辺はこのカテゴリの最初の記事で説明しています。

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『かがやきの せかい』

しきさいと こうたくが しはいする 
この さんらんする ひかりの せかいでは
あかるさは なんのいみも もたない

しろは しろに すぎず
くろは くろに あまんじるしかない

ここは まさに しきさいと こうたくが しはいする
かがやきの せかい なのだから

ほかのものが いみを もつことは いっさい ゆるされず
すべてが かがやきの ために
ぜんめんてきに ほうしさせられることに なるのだ

この はんきょうする ひかりが じゅうまんする せかいが
しきさいと こうたくのみによって 
きずきあげられ しはいされて いることには

なんの りゆうも ひつようないのである

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ぼくたちには じゆうが あたえられた
すくなくとも ぼくたちは それを じゆうだと おもうことが できる

だったら それを つかってみよう
こころの じゆうを つかってみよう

じゆうとは なにものにも しばられず
じゆうとは なにものにも たよらずに
じゆうとは ただ あてもなく ちゅうに ただよいつづけること

つまりは じゆうとは
なんの よりどころも なく
むじゅうりょくの くうかんに ほうりだされる ということだ

どんなに ひっしで もがいても
どんなに れいせいに かんがえても
できることは なんにもない

そんな なかでこそ ちからを つかって かんがえつづけよう 
たのしく

そんな なかでこそ いっしょうけんめい もがきつづけよう 
よろこんで

それが 『じゆうの つかいかた』

それが せかいを うごかす ことは ないけれど
でも それが ひとの こころを うごかしている
ただひとつの ちからなのだから

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『やみに およぐ』

くらやみに およぐ いきものに かおは ない

めは ひつようない
どうせ なにも みえないのだから

はなも いらない
そこに においなど ないのだから

みみが やくに たつことも ない
その おとのない せかいでは

いや じつは そこに ひかりや おとが ないわけではない
そう じつをいえば 
そこは あかるく はなやかな せかい

そうそう じつをいうなら 
くらやみは かおのない いきものの うちに ある

みたくないから みようとしない
みようとしないと みえなく なって
みえなく なると めが なくなる

やがて かおの すべてを うしなって
かおだった ところの うちがわに
まっくらやみが できあがる


なんと かなしいことに
かおのない いきものが みたくなかったのは
その じぶんの なかの くらやみの せかい

そのために かおを うしなって
くらやみを およぎつづけている

ただ めを ひらいて みるだけで よかったのに


さて この あわれな じぶんの すがたを
ぼくたちは みつめることが できるだろうか

ずっと とじてきた このめを いま はじめて みひらいて

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やくそくする
ぼくは きみに やくそくする

どんなときにも きまじめであることを

ぼくは いついかなるときにも 
きまじめに いき
きまじめに かんがえ
きまじめに かたり
きまじめに こうどうすることを
きみに やくそくする

つまりは
きみを いちずに あいし
きみの すべてを うけいれ

きみに すべてを ささげることを
いま ぼくは きみに やくそくする 

きみが だれであっても それは いっこうに かまわない

いま ぼくが きみと よんでいるのは 
このせかい すべての ことだから

それじゃないと このやくそくを まもることは できないし
それならば このやくそくは かならず まもられることになる

だからこそ ぼくは このせかいに たいして 
『いつも いっしょうけんめいに いきる ということを やくそくして いるんです』

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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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