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「すべての偶然」は「必然」でもあり、「すべての必然」は「偶然」でもある



「偶然」と「必然」については、『すべてのことが偶然である』と考える人と、その反対に『すべてのことが必然である』と考える人に分かれる傾向があるような気がします。


でも、実際には「完全な必然」も「完全な偶然」も存在しないと思うわけです。
つまり、「偶然」の中にも「必然性」が含まれていて、「必然」の中にも「偶然性」が含まれているということです。

だとすれば、『すべてのことが偶然である』と考えるのも『すべてのことが必然である』と考えるのも、どちらもあまり変わらないことに成るわけで、片方は「必然性のある偶然」を「偶然」と言っているわけだし、もう片方は「偶然性のある必然」を「必然」と言っているだけなわけで、本当の所ではほとんど同じことを言っているんじゃないかと思うわけです。

よく、スピリチュアルの人は『この世に起きるあらゆる出来事が必然である』と言う考え方をしているようですし、スピリチュアルに限らず「宗教」のように「絶対者」や「創造主」や「万物の原理」のような「極度に根源的なモノ」の存在を前提にした考え方を持っている人は、だいたい「必然派」が多いと思いますね。
まぁ、その「絶対原理」をもとにして全てのことが成り立っていると言う考え方ですから、当然「偶然」なんてありえないのだと思います。

また、それとは反対に、「極度に論理的な思考」を中心にした立場をとる人は、「絶対」ということを排除した考え方の人が多いようで、それで、「必然」を拒否する傾向があるわけです。
こちらは、どんなに「必然的」に見えるモノであっても、それが「必然」に見えているのは「偶然」が積み重ねられたからであって、それ自体が「必然」だからではないということだと思います。
まぁ、「論理」ってそういうもんなのかもせれませんね。

全ての物事の根源に成っているような「絶対」を否定的に考えるなら、やはりそう言うことに成るんだと思います。

 ※ちなみに、私は「絶対」を否定はしませんが、「絶対」を支持したり
  賛美したりすることには否定的な考えです。
  なぜかと言うと、「いま」は「絶対」を追求するべき必要性は少なく
  成って来ているわりに、弊害は多くなってきているからですね。
  これは「宗教」などの「絶対性」に限らず「科学」などほかのことに
  対する「絶対性」に関してもほぼ同じことがいえると思います。
  このことに限らず、「思考(哲学的な思考?)」を突き詰めていく時
  には、「時代」に沿った考え方をするのが有効だと思っているわけで
  す。
  どんなに立派な人が言ったことでも100年も経つと『チョットチガ
  ウかな?』という所が出て来るものです。
  まして、自分が考えることでは『取り合えず、いまはこのヘンなんじゃ
  ない?』という程度が関の山だと思っているということですね。

ということで、この二つの考え方の違いは、「絶対」を肯定するか否定するかによって分かれていると思うわけですが、そこで最初の話に戻ると、実はこの二つの考え方が大差ないわけで、けっきょく「偶然性のある必然」や「必然性のある偶然」をどちらに分類するかの問題であって、それは単なる「呼び名」の問題で実体としては、どちらもほとんど同じことについて同じことを言っているんじゃないかと思います。

一見すると、「絶対」という決定的な要素に対する立ち位置の違いがあることから、その考え方の違いが出てきているように見えるわけですし、実際にもそうではあるんでしょうが、実はこの二つの考え方の違いはそれほど決定的なモノでもなくて、、実体としてはほぼ同じモノなんだと思います。

実際に「スピリチュアル」や「宗教」の人が、「偶然」という言葉を完全に頭から締め出せるわけでもないでしょうし、「論理派」の人も「絶対」を否定的に考えることは出来るかもしれませんが「必然」を完全に排除することは出来ないと思います。

だったら、両方ありってことでもいいんじゃないかと思うわけで、それで、『「すべての偶然」は「必然」でもあり、「すべての必然」は「偶然」でもある』と言ってみたわけです。

「明らかに偶然的な必然」とか「明らかに必然的な偶然」がどっちなのか?っていうことを考えるのはイイこといなのかも知れませんが、人間にとってはほとんど役に立ちません。
というか、そう言う考え方が有効な場合もあるでしょうが、そう言う考え方が人に無理を強いるような場合も出て来ると思います。

「明らかに偶然的なモノ」は「偶然」と言ってもいいような気がしますし、「明らかに必然的なモノ」は「必然」と言ってもあまり支障が出ることは無いと思います。

せっかく「偶然」と「必然」という二つの言葉があるなら両方使ったらいいんじゃないの?と思いますよ。
『今は』ということですけどね。

少なくとも、「偶然」も「必然」も両方必要としている人が居るなら両方あった方がいいのかなと。
(私は必要ですね。今は)

まぁ、そんな風に思ったわけですね。今は。



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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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