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『芸術の終わりを楽しもうじゃないか!100年でも200年でもかけて』という発想



このブログを始める前は、そんなことぜんぜん考えていなかったんですけど、今、私の中には『芸術って終わりかけてるんじゃないか?』と言う考えが、わりとはっきりした形であるわけなんですねぇ。
つまり、『もしかすると、大多数の人にとっては、もう芸術なんて必要ないんじゃないの?』と思うことがドンドン増えてきているわけです。

 ※これは、あくまで「仮想」の話です。
  決して『芸術が終わりに向かっている』という確信があるわけではなく、また、『そ
  こを目指していこう!』ということでもありません。
  ただ、現在の時代に生きている限りで、「芸術」が人間に貢献しているという実感
  を持てるような機会があまりにも少ないということです。
  
  実際には「芸術」は人間に対してとても大きな影響を与えていると思いますが、そ
  れが目に見えない影響であることが多いので、見過ごされてしまうんでしょうね。
  それで、「芸術の必要性を実感している人」が少なくなっているんだと思います。
  そして、その「少ない人たち」がほとんど「創作者」に成ろうとしてしまうので、「鑑
  賞者」の中には「芸術を必要としている人」がほとんど居なくなってしまうということ
  なんじゃないでしょうか?
  (「芸術の必要性」を感じている人は「創作者」に成ろうとすることが多いですし、
  「創作者」に成らなかった場合でも「創作者の視点」で鑑賞しますから純粋な鑑
  賞者には成らないことが多いと思います)


もともと「芸術」と言うモノ自体が、必ずしも必要があって発生してきたものではなく、むしろ「必要が満たされた後の必要性」みたいなジャンルであるわけで、そこへもってきて、「現代」が「感動」を求めない時代に成って来ているわけですから、さらにその「必要性」は間違いなく極薄な状態に成って来ているわけです。

 ※これについてはいろいろな考え方の人が居るでしょうが、少なくとも、「芸術」
  が無くても大半の人が生きてはいけます。
  それに、私は美術展などで「感動に打ち震えている人」を一度も見たことがあり
  ません。
  今の時代、そう言う人を見たとしても『わざとらしい』と思ってしまうような気もしま
  す。
  要するに、「いま」がそういう時代なんだと思います。
  でも、本来「芸術」って「感動に打ち震える」ようなそういうジャンルだったんだと思
  いますし、今でも、そうであるハズなんじゃないかなと思うわけですね。


そんな中でも「芸術」が今すぐに無くなってしまうことはないんでしょうが、はたして、それが「惰性」で続いているのか?それとも、ハッキリした「意味」を持って存続しているのか?が、やや怪しくなってきているわけです。
もしも「惰性」だけで続いているんだとしたら、実体としては『終わっている』ということに成ってしまうわけです。


私は『「芸術の20世紀」にはあまりにも矛盾が多すぎたんじゃないだろうか?』ということから「芸術の20世紀喪失」と言う考えに至ったわけですが、これは逆に考えると「芸術の20世紀」がおこなった「芸術の破壊」が現在の「芸術の終わり」を予見していたものであったとも考えられることで、そう考えれば、「芸術の20世紀」が生み出したすべての矛盾に、まったく反対方向からの整合性が出てくるわけです。

そうなると、一転して、すべてのことが「芸術の終わり」に向けて着々と進んでいるということで、なんの矛盾も無いと言えなくもないわけで、あとはそこに「美しい終わり」があれば『申し分ない!』ということになるわけです。

まぁ、そう言うことで、『もしも、「芸術」が終わりに向かっているとしたら』という前提でいろいろと考えてみると、どうせ「終わり」に向かっているならば、『それを楽しもうじゃないか?』と言う発想に至ったというわけです。
『しかも、100年でも200年でもかけて』
(すでに100年くらいは過ぎちゃってますけど)

まぁ、やっぱり、「芸術」ぐらいのメジャーなジャンルが無くなってしまうということに成るんであれば、せめて美しく終わるところを見たいじゃないですか?
「散り際の美しさ」って言うんですか?
まして「芸術」ですから、さぞ美しい「終わり」を見せてくれるんじゃないかと期待も高く成るわけですよね。
だったら、長い方がいいじゃないか、100年と言わず200年でも300年でも、行けるとこまで行っちゃってください!ということです。

と言っても200年とか300年も先のことだと、もう自分の生きている間のことでも無いわけですから、自分のやることにはあまり影響がないんですけどね。
でも、やっぱり「終わりに向かっていると思いながらやること」と「前に向かっていると思いながらやること」は意味が違ってくるわけですから、そこの所を意識して見るのもいいのかも知れないなと思ったというわけなのです。

で、いろいろ考えたんですが(20分くらいかけて)、けっきょく、今やってることと同じような答えしか出てきませんでした。
所詮、同じ人間なんで、『芸術の終わりを楽しもう!』と言ってみたところで、ほとんど同じようなことしか思いつきませんねぇ。
要するに、それでもやっぱり「いまの芸術の在り様」には受け入れがたいものがあるわけで、けっきょく「疑問」が消えるわけでもないということですね。


取り敢えず、『そう言うことも一応視野に入れていこうかな』と、そう言うことですけどね。
そんな風に思ったわけなのです。




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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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