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「幻想に触れること」によるストレス



私は、現在「芸術であること」と「幻想であること」はほとんど同じようなことなんじゃないか?と思っているわけなんですが、その「芸術≒幻想」を創作することや鑑賞することは「ある種のストレス」を伴うことがあると思うわけです。
つまり、「芸術≒幻想」は、それに触れる人間にとっての「快楽」でもあり「癒し」でもあると同時に、「一種の負担」でもあるということですね。

そして、そのことによって、本当の「芸術」に近づかなくなってしまう人がすごく多いような気がしているわけです。
つまり、「心地よいモノ」というキーワードだけで検索していってしまうと「いい作品」に出会うことは出来ても「本当の作品」に出会う機会は極めて少なく成ってしまうということです。
「負担」であるわけですから、当然、「心地よい」というキーワードから探していけば、『これはチガウだろう』ということに成るわけですね。


これは「芸術」が中心的な課題として「自己表現」を追求するように成った時からのことだと思うわけです。
「作者にとっての自己表現」は「鑑賞者にとっての他者」に成りますから、当然違和感を伴うわけですが、その「自分の中には無かったモノとの出会い」こそが、「現在形の芸術の意味」なんだと思いますので、その「違和感」を避けることは出来ないんだと思うわけです。

そこで、「鑑賞者」にとって「心地よい他者」と「心地よくない他者」が居て、その「心地よい他者=共感できる創作者」こそが「鑑賞者」にとっての「すばらしい創作者」であって、そういう「すばらしい他者」との出会いこそが、「鑑賞者」の「すばらしい芸術」との出会いであると思うのは、現時点では間違いだと思います。

と言うか、昔の「究極的な美しさを求める芸術」という考え方が残ってしまっていると思いますね。
今は、そういう一元的な意味での「美しさ」を求めることは出来なくなってしまっているわけで、もしも、そういう「一辺倒な美しさ」を求めて鑑賞するのであれば、「古典芸術」を見続けるしかないんだと思います。


一見すると「心地よい人」に見える人でも、それは表面上の体裁だけで、その人の「本当の姿」というのは他人にとっては必ず「心地よくないモノ」を含んでいるわけで、その人がその人であればあるほど「違和感」を感じるものだと思います。

そして、その「他者との間の違和感」こそが、「現在の芸術」の持っている最も大きな意味だと思います。
だからこそ、それを美しいと感じるんだと思うわけですね。

逆に言えば、「違和感のない心地よい他者」であっては「芸術表現としての他者」である意味が薄くなってしまうわけです。

少なくとも、「現在の芸術」においては、ということですね。
現在、「芸術が置かれている位置」が、「そういう位置」なわけですから、それは個人ではどうすることもできないことだと思います。

つまり、今は、「心地よくない他者との出会い」と言う「違和感」と対峙することが、「鑑賞者」に求められているということですね。
これは、「現在の芸術」が求めていることなので、そう簡単には変えられないことだと思います。

 ※これは「音の共鳴作用」などと同じようなモノで、ちがう音の組み合わせから「共鳴」
  が生まれるように、自分とは異なる「他者」と直面することから「共感」や「感動」が生ま
  れるわけです。
  まったく同じような精神から受けられるものは「同情」や「同感」だけで、それ以上に相
  乗的な効果は期待できないんだと思うわけです。
  つまり、それは「音」で言えば音量が大きくなるだけですし、「精神作用」で言えば「みん
  なと同じであること」が安心なだけです。
  そういうものがあってもいいとは思いますが、「現在の芸術」はその場所にはないと思い
  いますね。

 ※また、既に評価が確立している有名な作品に対して「違和感」を感じる人が少ないのは、
  鑑賞者が「違和感」を感じる前にその作品や作者が情報として刷り込まれているからであ
  って、その時点でそれは「純然たる他者」ではなくなっているからだと思います。

「心地よい人」というのは、どこかで『相手に合わせている』ということだと思います。
「相手に合わせること」が悪いということではありませんが、少なくとも、「芸術」を「自己表現」であると考えるならば、「鑑賞者」との間の「共通言語」を探すのではなく、「創作者のオリジナル言語」を何とか伝えようとすることが必要なんじゃないかと思うわけですね。
(はっきり言うと、「オリジナル言語」はほとんど伝わらないと思いますけど、それでもそれを続けることに意味を見出せるのか?ということじゃないでしょうか)


だから、「現在形の芸術」を「本当の芸術」として鑑賞したいと思うのであれば、「心地よいモノ」とはむしろ反対の「どこか神経を逆なでされるようなモノ」とか「心がざわざわするようなモノ」とか、もっと言えば「ものすごくイライラするモノ」のような、見る人の心に「負担を加えて来るようなモノを、敢えてチョイスして行く必要が出てくるわけです。

そう言うモノこそが「芸術≒幻想」であるモノなんだと思うわけです。

「幻想の世界」は、なんと言っても「異世界」ですから、それ相当の抵抗感があるわけで、そこに入って行くのにもその中に居続けるのにもある程度の「負担」がかかるわけですし、また、そこから「日常世界」に戻るのにもある程度の「負担」を強いられることに成るわけです。

でも、これは何も「芸術≒幻想」に限ったことではなく、「リクリエーション」と言われるものは、だいたい何らかの「負担」を必要とすることが多いと思います。
そして、その「負担」を負ったことによって、「疲労」するのではなく「カタルシス」と言われるような「精神的解放感」が生み出されることを「リクリエーション」というんじゃないでしょうか?

『なんで、わざわざ「いやなモノ」を見なきゃいけないんですか?』と言われそうですが、そう言うことではありません。
しかし、「カタルシス」という言葉は、もともと「悲劇」などを見た人が感じる「ある種の解放感」による「浄化作用」をそう呼んだようですから、やはり「喜劇」からは得られない効果がそこにあったんだと思います。
でも、そこで『なんで、わざわざ「悲しいモノ」を見なきゃいけないんですか?』と言ってしまえば「カタルシス」は得られません。

それに「悲劇」の中にも悲しいだけではなく、「美しい悲しさの悲劇」もあれば「「単なるお涙頂戴的な悲劇」もあるわけで、そこから先は「鑑賞者」の独自の規準で吟味していけばいいことだと思うわけです。

現在の芸術鑑賞は非常にエキセントリックな方向の人(変わったものが好きな人)と、非常にオーセンティックな方向の人(王道的なモノが好きな人)に分かれてしまっていて、エキセントリックな人は、ただただ目新しいモノだけを見つけようとしますし、オーセンティックな人の方は、判で押したように既に決まっている評価に基づいて「芸術」を判断してしまいます。
それだと、どちらも「カタルシス」を得ることは出来ないような気がするわけです。
エキセントリックな人は、いつの間にかいつもいつも「喜劇」だけを見ていたりするわけですし、オーセンティックな人はいつの間にか「感動」や「浄化作用」とは無関係に「定番」だけを繰り返し見続けることに成っていたりします。

そこは一つ、ちょっとだけ「負担」を負って、その「異世界」に入って見て、そこから「鑑賞者」としての自分の「独自の観点」で鑑賞してみてはいかがでしょうか?と思うわけですねぇ。

そういう見方をしてみると、『もう「有名な作品」なんて見ている時間無いよ』と思う人も出て来るんじゃないかなと思うんですけど、どうなんでしょうか?

まぁ、そんなわけで、「芸術≒幻想」な作品を探すという「芸術の見方」も試してみてもいいんじゃないのかなと。
(探せばけっこうありますが、探さないと出会う機会が少ないですからね)


そんな風に思ったわけです。




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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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