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「ウンチク」はどうして悲しいのか?



「ウンチク」って言うと、あまりいいイメージがないですよね。
どちらかと言うと「知識のひけらかし」という感じで、スゴク・博識なのにスゴク・アホみたいな、そんなイメージなんじゃないかと思います。

でも、「ウンチク」が「豆知識」的な意味でけっこう面白いモノとして捉えられている時もあるわけで、その差は何なんだろうかと思うわけです。

そもそも、「ウンチク」って言うモノは、そんなに悲しいモノなのか?と考えると、必ずしも悲しいモノというわけでもないような気もしてきて、それなら、どうして「ウンチク」と聞いたとたんに『あぁ~、もう結構です!』みたいな話になってしまうのだろうか?と思うわけです。

「ウンチク」というのは、要するに「知識」でしょうから、本来はそんなに悪いものではないハズなんですが、なんで「知識」が「ウンチク」に化けた途端に「やや残念な感じ」になってしまうのか?ということですね。

というか、「知識」と「ウンチク」って、いったい何が違うんでしょうね。
その辺が、まず、よくわかんないわけですね。

で、よぉ~く考えてみたところ、だんだん違いが見えてきて、要するに「ウンチク」というのは「語るために覚えられた知識」なんだと思うに至ったわけなのです。
つまり、「知識」として、使用されることを前提としていない「知識」ということなんじゃないかと思うわけです。
もっと言えば、「ひけらかすための知識」ということに成るわけで、そうなると、『まぁ、それじゃ悲しいよねぇ』ということに成るのも当然だろうと思うわけです。
(「ウンチク」の本当の意味はそういう意味ではないんでしょうね、きっと)

しかも、今の時代には「ネット検索」が完全に普及していますから、そのような「ひけらかすためオンリーの知識」を、だれでも、いつでも、簡単に手に入れることが出来るように成ったわけで、もはや覚える必要すらなく成ったわけで、「あしたひけらかすウンチク」を今日調べて置けば、あさってには忘れてしまっても誰もそれを追求したりしませんから、「とっても便利でとっても悲しい世の中」に成ったもんです。

ということで、
「知識」は使うために覚えましょう!
もしくは、
使わない「知識」はひけらかさないようにしましょう!
もしくは、
使わない「知識」をひけらかしてしまう時には、ソートー・オモシロク話しましょう!
もしくは、
使わない「知識」をひけらかしてしまう時に、ソートー・オモシロク話す場合でも、頭がいいフリをするのは止めましょう!
だって、かなりアホでも1日くらいは覚えていられるんだから。

そんな風に思ったわけです。

追伸:私は一時間しか覚えていられません。

   




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