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 ⑵宣言の根拠 1.≪芸術の20世紀≫は喪失していた


以下に、この「宣言」を発表する理由をあげる。

1. ≪芸術の20世紀≫は喪失していた

20世紀の芸術において、私が第一番に思うことは、「~イズム、」・「~イスト」・「~主義」・「~派」、さらに、それらそれぞれに「ポスト~」・「ネオ~」、そして、それらの複合型と数え上げたらきりがないくらいの主義主張やスタイルが、次から次へと生み出されていったということだ。


それらは概して短命で、次に替わるものが現れたとたんに、古臭く感じられ置き去りにされた。
そして、今、21世紀に入って13年が経過し、20世紀を振り返った時『あれはなんだったのか?』という思いを打ち消すことができない。

知識として後から知ったことも含めて、どうしても釈然としないというのが本音であり、それら「流行り廃り」としか言いようのない「~イズム」と「芸術」という言葉が全く一致しないのだ。


私自身が芸術とのかかわりを持つ以前から、その違和感はあったのかもしれないが、『まぁ、そんな時代なのだろう?』と言う程度に漠然と考えていたように思う。

もちろん、≪芸術の20世紀≫においても巨匠といわれる人は沢山いるわけだが、彼らの作品を見ると、必ずと言っていいほど、「感性」の前に「理性」が働かされてしまうような、歪んだ感覚にとらわれてしまう。

常に、先に頭で考えさせられてしまうのだ。
その『~させられてしまう』が違和感の原因なのだと思う。

しかし、ここで個々の作家や「~イズム」を批判するつもりは全くない。
それをすると話がわかりにくくなってしまうし、この宣言とも無関係なので、ここでは≪芸術の20世紀≫という「時代」が提供し続けた「芸術」は、私の中の芸術と(そして恐らくかなりの数の人の中の芸術とも)一致しないと言うにとどめておこう。

これは日本人に限ったことでも特定の世代に限ったことでもないと、私は感じている。
(本当の意味では、地域や世代による差は意外と少ないのではないだろうか)

※以下本論稿全体を通じて、作者・作品・団体・主義・流派などにおける固有の名称を、例として挙げて説明することは極力避けている。
具体例を示さないことで、より純粋な論旨を伝えたかった。


そして、ここからが大事なのだが、実は私の違和感など大した問題ではない。

現代美術が、また、その中のどのような作品が、芸術として優れているのかと言う議論はここでは避けたい。

実際、私自身も20世紀の芸術の中で好きなものもないわけではない。
(たくさんあるといってもいいのかもしれない)
また、少なくとも20世紀美術を愛する人たちも、かなりの数でいるわけだから、そこにケチをつける必要などはないし、そんなことがしたいわけでもない。


ただ一点に絞って言いたいことは、『≪芸術の20世紀≫が残した芸術は後世につながるのか?』=『現状を尊守していって未来に大輪の花が開くときが来るのか?』ということなのである。

現在のめまぐるしく「流行り廃り」のように移り変わってゆく状況の中で、それは期待できないというのが私の結論であり、この未来とのつながりという点を考えた場合、≪芸術の20世紀≫は空転していたと言わざるを得ないのである。

いや、むしろもう一段強い表現で言わせてもらいたい。

『それは時代として喪失されていた』と。

つまり、『≪芸術の20世紀≫という時代そのものが、はじめから存在していなかったのだ』












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17:コメントありがとうございます
※15
コメントありがとうございます。

いえいえ、若い情熱でやっているのとはだいぶ違うのです。
私の場合、若い時にはこんなことはしようとも思いませんでした。
私の方は、そちら(フランス)の事情はわかりませんが、
ここに書いたことは、地域や世代によるものではないと考えています。

敢えて言えば「時代」によるものかと。
この「時代」に生きるものは、みんな同じ条件の下に居るものかなと。

「時代」の流れはゆっくりですから、一時の情熱でやっても
かき消されてしまうことでしょう。
だから、私はこれを自分の残りの生涯をつぎ込んで、
形にするつもりなのです。
と、こんな風にいうから「情熱」に聞こえてしまうのでしょうね。

でもやっぱり違うのですよね。
上手い言い方が見つけられませんけどね。

記事も増やしていきますので、また時々見てください。
15:先日は有難うございました。
こんにちは。
先日は私の貧ブログにコメントを頂き有難うございました。
失礼ですが、もっとお若い人だと思っていましたが、私と同年齢で嬉しくなりました。
ブログもまだ始められたばかりの様で、これから読み解いて行くのが愉しみです。
私も若い頃は芸術に付いてあれやこれやを考えてました。
勿論現在でも考えますが、やはり議論は若い頃の時の方が熱っぽかったです。
私の同年齢の方が純粋に芸術に纏わる様々な事を真剣に考えて居られる事にも本当に勇気を頂きました。
私事ですが、、日本を離れて20年になりますから、日本の状況も解らなくなって来ています。
これからも愉しみにしておりますから、長くマイペースでブログを続けて下さい。
それではご挨拶まで。

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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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