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「物質面で生きやすい社会」と「精神面で生きやすい社会」(つづき)



前の記事の続きです。


「社会」には「人間を阻害するもの」という性質があって、現在は、その「社会による人間疎外」が日増しに強くなっているので、「人間にとって居心地のいい社会」を目指すなら、「社会」を理想化したり進歩させたりすることは、むしろ逆効果で、「社会」を抑制する方向で「社会」を「人間」が利用するようにしていくしかないだろうと言う話の続きです。


まず、前の記事では触れていなかったことで、「人間にとって居心地のいい社会」というところに、ちょっとした問題があって、「人間にとって居心地がいい社会」には、二種類があると思うわけです。

それがこの話の本題だったんですけど、「人間にとって居心地がいい社会」には、「物質面で生きやすい社会」と「精神面で生きやすい社会」の二種類があって、しかも、その二種類の社会がなかなか両立しないということなんですね。

過去において、「人間の不平等を前提にした社会」があったために「精神面の豊かさ」と「物質面の豊かさ」が両立しているかのように見えていた時代(「文化・文明の爛熟期」と言われるような時代ですね)があったのは事実ですが、それは特権階級に限定された「豊かさの両立」であったわけで、「その社会全体」を見た場合は、いつの時代も「豊かさの両立」は達成されていなかったと思います。
まぁ、要するに、貧しい人たちがたくさんいたから、ごく一部の特権的な人が「両立した豊かさ」を享受することができたんでしょうね。

その後、そういう「封建制度」が崩壊していくのと入れ替わりに、産業面での飛躍的な進歩があったために、一時期、一般庶民も「豊かさの両立」の片鱗を体験できていたのかもしれませんが、それも長くは続かず、戦争などで寸断されてしまいます。
要するに、「利益」が増大したことで、それを独占しようという動きが出てきたわけですね。
(その頃の一般庶民に、「物質」はともかく「文化」が行き渡っていたというわけではないでしょうが)

それは、おそらく、前の時代の「封建制度」や「中央集権国家」の頃の習慣のなごりで、「利益」や「権力」をかき集めることが、「自分たちの社会」を良くすることにつながるという考えが捨てられなかったからだと思います。

それで、せっかく「民主化」したのに「不平等」を生き残らせてしまったし、けっきょく「国際的な不平等」は、むしろ、拡大してしまったということだと思います。
実際には、「人間」が、この時期から「社会を抑制しながら利用する」という「社会の利用方法」を身に着けていれば、現在に至って「社会問題化」してきていることの大部分が大きな問題に至らずに済んだんじゃないかとも思います。
(まぁ、ほかの問題が出てきていたのかもしれませんけどね)

 ※「社会」に対して否定的な方向性を持った考え方も、あるにはあったんだと思い
  ますが、「自然回帰」や「原始社会」的な方向性の考え方が、実質的に実を結ん
  だことは、ほとんどないと思います(宗教的な閉じられた社会以外では)。
  「社会」を「進歩」させるんでも「発展」させるんでもないのと同じで、「社会」
  を「捨てる」んでも「破壊」するんでもなく「利用」する方法が考えられてこな
  かったということだと思いますよ。

  実際に考えられてきたのは、ほとんど「社会が人間を利用する方法」であっ
  たような気がしますね。

そして、現在、「不平等」という、根拠のなくなった原理を前提に「社会」を構成するという矛盾からは抜け出しつつあるわけですが、やはり、「社会を進歩・発展させること」が「人間にとって居心地のいい社会」につながるという考え方からは抜け出せていません。
(要するに、「カネを絶対原理にした社会」から抜け出せないんですね)

ということは、そこに数十年後の「問題の種」が潜んでいるということに成るわけです。

まず、今でもまだ、「物質面で生きやすい社会」が「精神面で生きやすい社会」につながると思われていないでしょうか?

確かに、「物質的な豊かさ」が「ゆとり」を生み出すことはあるでしょうが、でも、それは、あくまで「最低限の物質的豊かさ」の話であって、「物質的な豊かさ」に比例して「ゆとり」が増えていくということではありませんし、もちろん、それが「精神的な豊かさ」をどんどん生み出し続けてくれるということでもありません。

「物質」であっても「精神」であっても、それらに形を与えて、「ナニカ」を生み出すには「労力」を必要とします。

だから、際限なく「物質」を生み出し続けようとすれば、当然「労力」を使い果たして擦り切れてしまうわけです。
でも、それに比例して「精神的な豊かさ」が与えられることはありませんから、「擦り切れた精神」は癒されません。
それで、「物質面で生きやすい社会」と「精神面で生きやすい社会」がなかなか両立しないわけです。

「精神」を生み出すのにも「労力」が必要なのは同じですが、そこで生み出されるのは「精神的な豊かさ」ですから、そこで「擦り切れた精神」は「その豊かさ」に癒されるわけです。
そこで欠乏するのは「物質」の方ですが、現在「物質」は余っていますから、それほど大きな負担にはならないと思うわけです。

少なくとも、現在は「必要最低限の物質」を生み出すのに、それほどの「労力」を必要としない時代だと思うわけです。
要するに、現在という時代は「物質の価値」が小さくなっていて、「精神の価値」が大きくなっている時代なんだと思います。

それなのに、「物質の価値」に重点を置いた「社会の利用方法」を続けているために、「精神面」が置き去りにされて、「精神欠乏」の状態になってしまっているんじゃないでしょうか?
(どちらかというと、利用されているのは「人間」の方だし)

そうだとすれば、「精神的な価値」に重点を置いた「社会の利用方法」を実践していけば、きっと、いろいろな問題が消えてなくなってしまうような気がしますね。

もちろん、こんなことで、すべてのことがうまくいくわけじゃありませんが、少なくとも、「今」は「問題」を増やすために「社会」があるという状態になっているように見えるわけです。
そこのところの原因がこんなところなんじゃないのかなと、思ってしまうわけですね。

このまま「社会」を発展させていけば、おそらく、ドコカで、ナニカが、行き詰まると思いますから、そうすれば、きっと、ダレカが、ナントカするとは思います。
そういうことは、その時が来れば、どこからともなく「エライ人」がやってきて、やってくれるんでしょう。

でも、それでは、また、次の時代に「問題の種」を受け継いでしまうだけです。
この「追いかけっこ」を続けている限り、いつまでたっても「人間にとって居心地のいい社会」にならないんじゃないのかなと。

『どこかで、追いつかないとネ』


そんな風に思ったわけなのです。


 ※実は、「社会を抑制すること」は一人でもできることだと思います。
  例えば、「仕事」について考えるとき、「収入」をある程度まで無視し
  た考え方を取り入れることは、必ずしも不可能なことではないでしょう。
  現在の社会で生きることを前提にした場合、完全に「カネ」を無視す
  ることは、ある意味で「死」を意味しますから、それは難しいと思いま
  すが、自分の生活の中に「カネ」とは無縁の領域を増やしていくこと
  は可能なことだと思うわけです。

  「カネ」は「人間に与えられた道具」ではなく、「社会が人間を使役す
  るための道具」だと思うんですよね。
  だから、「カネ」から離れた領域を創り出さないと、一方的にコキツカ
  ワレルことに成ると思いますね。
  
  それから、「社会」の最小単位である「家族」に限定して、その「最小
  の社会」を抑制していくことは個人の判断でもできることだと思います。
  (簡単ではないですけどね)





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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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