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「オーバー・ワーキング・スロー」と「アンダー・ワーキング・スロー」



私は、「スロー・アート」すなわち、「芸術作品の制作にできるだけ多くの時間を費やすこと」を、一つの目標にしているわけなんですねぇ。
(あぁ、無視してください。イカレタ人間のやることですから)
そして、さらに言うと、「時間」だけではなく、「労力」についても出来るだけ費やしていこうと思っているわけです。
(あぁ、気にしないでください。頭がサルなんで)


最近は「スロー・フード」に代表されるように、「スロー〇〇」という言葉が使われることが、けっこうありますけど、そういうときに、どちらかというと「自然回帰」とか「エコロジー」的なスタンスで語られることが多いと思います。

そして、その場合の「スロー〇〇」とは、「アンダー・ワーキング〇〇」であることが多いわけです。
まぁ、一言で言えば『無理しないで、のんびりやりましょうよ』ということなんだと思います。

それはそれで、私も大賛成なんですが、「現在の芸術」に限って言うと、それでは足りないような気がしてしまうわけなのです。


つまり、「現在の芸術」には「オーバー・ワーキング」が求められているように思うわけですね。
要するに、「現在の芸術」が、ある種の「行き詰まり」の状態になっているということです。
だから、そこから抜け出すためには、少しだけ「無理」する必要があるような気がするわけです。
それで、「オーバー・ワーキング」であることが求められてしまうんだと思います。

 ※ここで言う「オーバー・ワーキング」は、『かなりのところまで一所懸命にやる』という
  ことで、『死ぬまでやる』とか『命を削ってやる』ではありません。
  それを、やってしまうと芸術が不幸を生み出すという公式が出来上がってしまうので、
  それは、避けた方がいいような気がします。
  あくまで、その「オーバー・ワーキング」が創作者の幸福に還元できるギリギリのところ
  を目指すということですね。

本来ならば、『のんびりやりましょうよ』で、何の問題もないんだと思うわけですが、「現在形の美術」は、のんびりやっていたら、腐ってしまうんじゃないか?っていう感じがするわけです。
つまり、「賞味期限切れ寸前」に成っているようなところがあると思うわけですねぇ。
(「もう過ぎちゃってる?」の感もありますけどね)

そうなると、いくら「スロー・アート」とは言え、のんびりやっているわけにはいきませんから、「一所懸命」にやることに成るわけです。
その「一所懸命」を『ガンガンやっていこう!でも、時間はかけてネ』というのが「オーバー・ワーキング・スロー・アート」です。


でも、一般的に言われている「スロー・〇〇」も、一見すると、「アンダー・ワーキング」に見えますが、、実は、けっこう「一所懸命」なところは同じだったりします。

たとえば、この文明社会の中で、「自然回帰」や「エコロジー」を実践しようとすれば、意外と「ハード・ワーキング」に成ってしまうわけだし、それ以前に、現代は「忙しい時代」ですから、「スロー」であること自体が時代に逆行しているわけで、流れに逆らう分「ハード・ワーク」が必要になるわけですね。


ただ、違うのは、私が考えている所の「オーバー・ワーキング・スロー・アート」においては、必要性から「ハード・ワーク」が発生してしまうのではなく、「ハード・ワーク」であること自体も「芸術表現の一環」であるという考え方があるというところです。
「スロー・フード運動」などにも、これと少し共通した部分はあると思いますが、それを、より強調したのが「オーバー・ワーキング・スロー」という形です。
(いや、私が言ってるだけです)



もともと、「芸術」においては、「オーバー・ワーキング」であることが、「芸術表現の一環」として捉えられて来たところもあると思います。
それを、もう一歩進めて、『シャカリキに成って大量の作品を創作する』ではなく『シャカリキに成って少量の作品に力を注ぎこむ』にまで持っていくというのが「オーバー・ワーキング・スロー・アート」に成ります。
(「最後のサル脳保持者(ラスト・モンキー・ブレイン)」と言われています。ほっといてください。)

つまり、むしろ「オーバー・ワーキング」の方が目的で、「スロー」は結果ということに成ります。
一般的な「スロー〇〇」は、どちらかというと、「スロー」が目的で、「ハード・ワーク」が結果でしょうから、そこは逆ですね。

まぁ、それにつけても、「アンダー・ワーキング・ファスト」なものが、非常に多いような気がするのは、私だけなんでしょうかねぇ?

そういうものが、そんなにいいいんでしょうかねぇ。
そういうものには、それほどの「意味」も「価値」もないと思うんですけどねぇ。
なにせ、「低コスト&大量生産」ということですからね。

それなのに、なぜか流行るものは、ほとんど「アンダー・ワーキング」で「ファスト」なものなんですねぇ。
(売り手にとって都合がいいということなんでしょうか?)
なんで、みんな拒否しないんですかねぇ?


そんな風に思いますねぇ。
(以上、「サル脳だより」でした)




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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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