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「刺激」と「感動」



芸術と言えば「感動」といってもよいのではないかと思います。
実際に、芸術の条件を「感動するもの」と言う人は多いのではないでしょうか?

ところが、現代美術を見ていると、そこのところがしっくりこないことがあるわけです。

とてもインパクトがあって、強く心に残る作品があった場合でも、その衝撃力に「感動」が比例していないとでもいうのでしょうか。
それどころか、ときによっては、むしろ反比例するように感じることすらあるわけです。

これは、私の勝手な考えですが、いつの時点からか「感動」と「刺激」が入れ替わってしまっているように思うわけなのです。

刺激的で、インパクトの強いものが主流を占めるようになり、「刺激」がないと、どこか乗り遅れたもののように見えてしまうという現象があるような気がします。

もともと「刺激」を求めていたのなら、いいと思うのですが、元は「感動」を求めていたのに、いつの間にか「刺激」の強さに乗っ取られてしまっているようにも思えるわけなのです。

少なくとも、わたしの場合は、その入れ替わりがあるから、しっくりこないのかなと。
そして、もう一つ重要なことは、強い「刺激」と言うのは往々にして、人間の精神を破壊するということなのです。
それは、ドラッグがミュージシャンの精神を潰してしまうことなどで、すでに答えが出ていることだと思います。

麻薬とは違うので、「刺激」がすべてダメだとは思わないのですが、それを、際限なく追及していくのは、どうかと思ってしまうわけです。

ただ単に、「こんなもの芸術じゃない」と言うようなことが言いたいわけではないのです。
むしろ、惹きつけられる要素があるほど忌避感も強くなると言った方がいいでしょう。

何か、もう少し素直に「感動」できる方向に、軌道を修正できないものなのかなと。

そんな風に思ってしまうわけなのです。






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