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「長い題」=詩のような題(その20)





「長い題」=詩のような題(その20)です。

今は、基本的に新しい記事の投稿をしていないんですが、また「長い題」がいくつか出来たので、それだけ書いておきます。
(「題」だけが貯まると、何となく気がめいってくるので)


『  』の中は「題の題」のようなモノです。
その絵を呼ぶのに使う「呼び名」だと思ってください。
「ニックネーム」のようなものです。
(本当は、フルネームで呼んでもらったら最高ですけどね。落語の「寿限無」みたいで!)

あぁ、言い忘れてましたが、「絵」の「題」です。
あくまで「タイトル」として作っています。
その辺はこのカテゴリの最初の記事で説明しています。

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『ほんのうの ままに いきる』

ほんのうの ままに うまれ
ほんのうの ままに せいちょうし
ほんのうの ままに じんせいを おくる

ほんのうの ままに めしを くらい
ほんのうの ままに それを はいせつし
ほんのうの ままに その くそに まみれる

ほんのうの ままに ねむり
ほんのうの ままに めざめ
ほんのうの ままに かつどうする

ほんのうの ままに み
ほんのうの ままに きき
ほんのうの ままに それについて はつげんする

そして あげくの はてには 
その じぶんの ことばの あざとさに しばりつけられて あえぎながら 
さいごには しんでしまう

さいごだけは ほんのう じゃない


こんなことに なっとくできる ものは いるのか


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ひとが いきると いうことは
しぜんに いきさせられると いうことに ちがいない


すべては はなから きめられている
じぶんで きめられることなど ひとつも ない

しぜんの ままに いきるとは 
おそらく そういうことだろう


つまりは 
すべて きめられたとおりに いきさせられると いうことだろう


それで いいのかも しれないが
それで じゅうぶんなのかも しれないが


じぶんで きめる みちも ある

もちろん そんを かくごで

しぜんに さからって 
とくなことなど ないだろう

おおきなものに はむかえば
きっと ろくなことは ないだろう


それでも じぶんで きめる みちは ある


『いま きみも その わかれみちの まえに たっている』

ぼくと いっしょに


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『かせきに なると いうことは』

わすれさられて しまうこと
ひとの きおくから あとかたも なく 
きえて なくなってしまうと いうこと

そのとき ひとは えいえんに なり
そのとき ひとは すべてに なり
そのとき ひとは むに かえる


ここうで あるとは そういうことなの かもしれない


ここうで あることは むずかしく
わすれられることは たやすい

ならば わすれられることから はじめたら
ここうの ひとに なれるの かもしれない

ここうの ひとに なれば
こどくにも たえられるように なるの かもしれない


ところで 

かせきに なっても
よろこびは まだ かんじるのだろうか


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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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