FC2ブログ

「長い題」=詩のような題(その20)





「長い題」=詩のような題(その20)です。

今は、基本的に新しい記事の投稿をしていないんですが、また「長い題」がいくつか出来たので、それだけ書いておきます。
(「題」だけが貯まると、何となく気がめいってくるので)


『  』の中は「題の題」のようなモノです。
その絵を呼ぶのに使う「呼び名」だと思ってください。
「ニックネーム」のようなものです。
(本当は、フルネームで呼んでもらったら最高ですけどね。落語の「寿限無」みたいで!)

あぁ、言い忘れてましたが、「絵」の「題」です。
あくまで「タイトル」として作っています。
その辺はこのカテゴリの最初の記事で説明しています。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『ほんのうの ままに いきる』

ほんのうの ままに うまれ
ほんのうの ままに せいちょうし
ほんのうの ままに じんせいを おくる

ほんのうの ままに めしを くらい
ほんのうの ままに それを はいせつし
ほんのうの ままに その くそに まみれる

ほんのうの ままに ねむり
ほんのうの ままに めざめ
ほんのうの ままに かつどうする

ほんのうの ままに み
ほんのうの ままに きき
ほんのうの ままに それについて はつげんする

そして あげくの はてには 
その じぶんの ことばの あざとさに しばりつけられて あえぎながら 
さいごには しんでしまう

さいごだけは ほんのう じゃない


こんなことに なっとくできる ものは いるのか


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ひとが いきると いうことは
しぜんに いきさせられると いうことに ちがいない


すべては はなから きめられている
じぶんで きめられることなど ひとつも ない

しぜんの ままに いきるとは 
おそらく そういうことだろう


つまりは 
すべて きめられたとおりに いきさせられると いうことだろう


それで いいのかも しれないが
それで じゅうぶんなのかも しれないが


じぶんで きめる みちも ある

もちろん そんを かくごで

しぜんに さからって 
とくなことなど ないだろう

おおきなものに はむかえば
きっと ろくなことは ないだろう


それでも じぶんで きめる みちは ある


『いま きみも その わかれみちの まえに たっている』

ぼくと いっしょに


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

『かせきに なると いうことは』

わすれさられて しまうこと
ひとの きおくから あとかたも なく 
きえて なくなってしまうと いうこと

そのとき ひとは えいえんに なり
そのとき ひとは すべてに なり
そのとき ひとは むに かえる


ここうで あるとは そういうことなの かもしれない


ここうで あることは むずかしく
わすれられることは たやすい

ならば わすれられることから はじめたら
ここうの ひとに なれるの かもしれない

ここうの ひとに なれば
こどくにも たえられるように なるの かもしれない


ところで 

かせきに なっても
よろこびは まだ かんじるのだろうか


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~






関連記事

Comment 0

There are no comments yet.