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「長い題」=詩のような題(その21)






「長い題」=詩のような題(その21)です。

今は、基本的に新しい記事の投稿をしていないんですが、また「長い題」がいくつか出来たので、それだけ書いておきます。
(「題」だけが貯まると、何となく気がめいってくるので)


『  』の中は「題の題」のようなモノです。
その絵を呼ぶのに使う「呼び名」だと思ってください。
「ニックネーム」のようなものです。
(本当は、フルネームで呼んでもらったら最高ですけどね。落語の「寿限無」みたいで!)

あぁ、言い忘れてましたが、「絵」の「題」です。
あくまで「タイトル」として作っています。
その辺はこのカテゴリの最初の記事で説明しています。

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『わらいを くろで ぬりつぶしては いけない』


わらいは 
それを うしなった ひとに あたえられた ときに わらいとなる

わらいは
かなしみを すいとった ときに わらいとなる

わらいは
ひくい ばしょで しいたげられている ひとたちの 
かおを ほころばせた ときにだけ わらいと なるのです


だから わらいを
すでに わらっている ものに あたえては ならない

だから わらいを
たかい ばしょで しはいしている ものに あたえては ならない

だから わらいを
けんりょくに こびるための しゅだんに しては ならないのです


そうすれば わらいは
くろで ぬりつぶされて
にんげんの みにくい こころを うきたたせ
くらやみの なかで ほくそえむ ことに なります


だからこそ わらいは
ないている ひとにしか あたえることが できないのです

かなしみを しらないものには
くらやみで ほくそえむことしか できないのですから

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『たりないものが あれば』
それを たすことが できるのに

よぶんなものが あれば
それを へらすことが できるのに


でも そういうものが みあたらない

ほんとうに こころの そこから 
たりないと おもうものも 
しんそこ こまることも なにひとつ ない この よのなかで
こころの こうふくだけが どこにも ない

こんなことが あるのだろうか
こんなことが ありえるのだろうか

でも まちがいなく ここに ある
めを ひらけば たしかに ある


どうやら みんなで がんばって
そんな せかいを つくりつづけて きたらしい

そして まだ 
だれも それを やめない


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『わたしは モバイラーです』

いいえ 
モバイル・tブレットでも モバイル・フォンでも ありません
モバイラーです

だから テレフォンも メールも ネットも できません


わたしに できることは ひとつだけ
それは あなたを モバイル することです

あなたの ハートに アクセスして 
そのなかに ねむっている あなたの ヒューマン・マインドを 
あなたの フレンドの もとへ デリバリします


まず 
あなたが コミュニケートしたい フレンドの シグネチャを
インプットしてください

3びょうご 
わたしは ゆっくりと  あなたの ボディ&ソウルを 
1メートルだけ モバイルします

あなたの マインドを きどうに のせるためです

それで 
あなたの マインドは 
あなたの フレンドの もとへ 
サブミットされます


わたしの しごとは ここまでです

あとは あなたが 
あなたの マインドの あとを おって
あなたの ヒューマン・ボディを いどうさせてください 

その さぎょうは 
あなた じしんで おこなう ひつようが あります

それでないと フレンドシップは せいりつしません


そもそも 
わたしが かいはつされたのは
この ヒューマン・コミュニケーションに かんする じじつが 
はんめいしたから なのです

つまり
テレフォンや メールや ネットのような モバイル・コミュニケーションは 
ヒューマン・マインドに おける フレンドリーな コミュニケーションとは
かんぜんに ふてきごうで あるという じじつが 
あきらかに なったのです

それで わたしのような モバイラーが かいはつされました


そうです
モバイラーの ほんとうの もくてきは

ヒューマン・マインドが かんぜんに とらわれてしまっている
モバイル・コミュニケーションから 
ひとの マインドを ひきはなして とりもどす ことなのです


といっても もちろん
モバイルを せんたくすることも かのうです

ヒューマン・コミュニケーションは 
ウォーム&テンダーな ツールでは ありますが
いっぽうで ブロークン・ハートになる かくりつがたかく
ふあんていな コミュニケーション・ツールです

そのてん モバイル・コミュニケーションは
クールで あんていした ツールであり
リスクは ひくいと いわれています


ふたつのうち どちらを えらぶかは
かんぜんに あなたの じゆうです


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※最後のは、コンセプチュアルな立体作品を想定した「タイトル」です。
これは、遊びのつもりで作りました。
(こういうのは、今のところ本気で作る気はありません)

本当に人をのせて動く「モバイル・フォン」のような形の物を作って、その画面に上の文章を表示させます。


※スイマセン、いつもこんなバカげたことを考えてしまいますが、決して凄くバカなわけではありません。
まぁ、リコウでもありませんけど。

『じゃ、なんなんだよ!』

「フツウ」


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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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