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「長い題」=詩のような題(その24)





「長い題」=詩のような題(その24)です。

今は、基本的に新しい記事の投稿をしていないんですが、また「長い題」がいくつか出来たので、それだけ書いておきます。
(「題」だけが貯まると、何となく気がめいってくるので)


『  』の中は「題の題」のようなモノです。
その絵を呼ぶのに使う「呼び名」だと思ってください。
「ニックネーム」のようなものです。
(本当は、フルネームで呼んでもらったら最高ですけどね。落語の「寿限無」みたいで!)

あぁ、言い忘れてましたが、「絵」の「題」です。
あくまで「タイトル」として作っています。
その辺はこのカテゴリの最初の記事で説明しています。

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『なにかが でていった わたしの なかから』

それは けっして うつくしくは なく
かといって それほど みにくいと いうほどの ことも ない
ごく ありふれた なにかで ありました

それは わたしに とっては かけがえのない たいせつなもので
てばなしたくは なかったのですが
とうとう でていって しまいました


なんとも ばかげた はなしでは あるのですが

いま それが なくなって 
とても よかったと おもっています


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『みらいとは そこに むかって いく ばしょでは なく
かことは むかし そこに いた ばしょでは ない』

げんざいの なかに ある あこがれ 
それが みらい

げんざいの なかに ある あいちゃく
それが かこ

えいえんの みらいから 
えいえんの かこまで
その すべてが つまった げんざい 
それが じかん

だから わけることは できない
かこも みらいも わけられない
げんざいの なかに つまって いるの だから

かこ げんざい みらいと 
じかんを じゅんばんに ならべることは できない

それは くうかんの はなしだから
それは じかんの はなしでは ないから

だから わけることは できない


それでも ひとが それを わけて しまうのは
それでも ひとが それを わけたく なるのは

あこがれが ひつよう だから 
あいちゃくが ひつよう だから

どうして ひつようなのかは わからない

でも きっと 
それで じかんが つづいて いるに ちがいない


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『ともを さがして たびに でる』
このよに ともは いないことが わかった

おやを さがして たびに でる
このよに おやは いないことが わかった

じぶんを さがして たびに でる
このよに じぶんの のぞむ じぶんは いないことが わかった

もう さがすのは やめて
いないものを さがしても はじまらないので

じぶんで つくるのも あきらめて
つくっても また うしなうと かなしく なるので


それでも なんとか もういちど
あきらめ きれずに もういちど

そう もう いちどだけ さがしてみた
そう じぶんの なかを 
もう いちどだけ さがしてみた

それで ようやく みつけ だしたのが
みじめに ちぢこまった ちいさな じぶんなのでした


じぶんとは きっと そういう ものでしょう


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