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『300かいに 1かいだけ めぐってくる こううん』




「長い題」=詩のような題(その30)です。

このブログ、今はこの「長い題」だけを更新しているんですが、だいぶ数が増えてきて、どこにどの「題」があるのか、探すのが大変に成って来たので、これからは、一遍につき一つの投稿にしようと思います。


『  』の中は「題の題」のようなモノです。
その絵を呼ぶのに使う「呼び名」だと思ってください。
「ニックネーム」のようなものです。
(本当は、フルネームで呼んでもらったら最高ですけどね。落語の「寿限無」みたいで!)

あぁ、言い忘れてましたが、「絵」の「題」です。
あくまで「タイトル」として作っています。
その辺はこのカテゴリの最初の記事で説明しています。

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ぜつぼうの むこうには 
きっと きぼうが まって いるのだろうか

いや ちがう
きぼうの むこうから かならず ぜつぼうが やってくる

ふうんの つぎには
いつか こううんが めぐって くるのだろうか

いや ちがう
グッド・ラックの うらがわに はじめから バッド・ラックが はりついている


きぼうとは 
ぜつぼうから とおく はなれた ところに ある こころ
こううんとは
アンラッキーを はるかに うわまわる ラッキーの れんぞく


つまりは
ラッキーの れんぞくこそが ほんとうの こううんで あり
こううんの れんぞくこそが ほんとうの きぼうに なる

だから ときどき やってきたのでは たりない


たしかに 
くらやみに あっても 
ひは また のぼるだろう

たいようは あっとうてきな ちからで 
やみを あとかたも なく かきけしてしまう
だから それで いい


しかし 
ひとに そんな ちからは ない
だから きぼうを うばいあう
だから こううんを むしりとる

グッド・ラックを うばいとった ものが 
ラッキーの れんぞくを ひき あて
こううんを むしりとった ものが
きぼうの れんぞくを てに いれる

うばわれ むしりとられた ものたちは
おそらく てに はいることの ない きぼうを おいつづけ
『300かいに 1かいだけ めぐってくる こううん』に 
うれしなみだを ながして いきていく 

それを きぼうだと しんじて



そんな ときには

もう 
のこりかすの きぼうを きぼうと よぶことは ないし
もう
しょうがいに 3まいだけ もらえる ビスケットを 
こううんだと おもい つづけることも ない

そして 
それと おなじように

もう
よぶんに おしつけられた ぜつぼうを うけいれる ひつようは ないし
もう
いかさまで つかまされた ふうんを せおいこむ ひつようも ない



そう そんな ときには

きぼう と ぜつぼう
こううん と ふうん
どれひとつも のみこんでは ならない


うばっている ものたちから みれば
それらは どれも みな おなじような ものだ

どれであっても 
それを のみこむものが いれば
そのぶん じぶんたちに こううんが れんぞくして ころがりこむ

そういう からくり



だから そんな ときには

それを ひとつぶたりとも のみこんでは ならない

それを のみこむものが いなくなれば 
からくりは あばかれ
こううんの れんぞくは ほうかいする



だから それを のみこんでは ならない
ひとりだけでも


なぜなら そんな ときには

その ひとりこそが 
うばわれつづける ものたちに とって

ただ ひとつ

ほんものの きぼう なのだから


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※この「詩のような題」は、下にある曲に影響を受けています。
全体の歌詞を日本語で読んでいないのでよくわかりませんが、歌詞の意味や曲調には必ずしも関係ありません。
主に、言葉の持っている「ひびき」に影響を受けたのだと思います。














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