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『それは たぶん かなしいことが あるから』






「長い題」=詩のような題です。

このブログ、今はこの「長い題」だけを更新しているんですが、だいぶ数が増えてきて、どこにどの「題」があるのか、探すのが大変に成って来たので、これからは、一遍につき一つの投稿にしようと思います。


『  』の中は「題の題」のようなモノです。
その絵を呼ぶのに使う「呼び名」だと思ってください。
「ニックネーム」のようなものです。
(本当は、フルネームで呼んでもらったら最高ですけどね。落語の「寿限無」みたいで!)

あぁ、言い忘れてましたが、「絵」の「題」です。
あくまで「タイトル」として作っています。
その辺はこのカテゴリの最初の記事で説明しています。

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なんで いつも おこっているの

『それは たぶん 
かなしいことが あるから』


なんで いつも わらっているの

それも たぶん
かなしいことが あるから


それなら なんで ないては いないの

それは たぶん
かなしすぎることが あるから



かなしいときに なける ばしょが あれば
たぶん それで いい
かなしいときに なける じかんが あれば
たぶん それで いい
かなしいときに なける あいてが いれば
たぶん それで いいのだろう

そこで なけば いいのだから


かなしいときに なける ばしょが ないと
ひとは わらってしまう
かなしいときに なける じかんが ないと 
ひとは おこってしまう
かなしいときに なける あいてが いないと
ひとは どうすることも できずに
かなしみを ためこんでしまう

だから 
かなしすぎる ときには
ひとは なくことが できない


「いまの なか」に 
なける ばしょが あるだろうか
「いまの なか」に
なける じかんが あるだろうか
はたして 「いまの なか」に
なける あいては いるのだろうか

「いまの なか」では どれも みつけられない
 
だから みんな
いみも なく おこっている
だから みんな
いみも なく わらっている
だから みんな
しにそうに なるまで かなしみを ためこんで
かなしいのに なくことだけは できない

ないて しまうと
「いまの そと」に はじきだされて しまうから



だったら みんなで ゆきましょう
「いまの そと」に ゆきましょう

なける ばしょに ゆきましょう
なける じかんを つくりましょう
だれかの 
なける あいてに なりましょう

「いまの なか」から はじきだされても いいから


おもしろい ばしょは 
もう いらない
せきたてられる じかんは 
もう たくさん
ギスギス せりあう あいてには
もう うんざり


もしも あなたが 
そんな ふうに おもうなら

「このえの なか」に きてください
「いまの そと」に はみだして

「このえの なか」で ないてください
「いまの なか」を ぬけだして



このえの まえに たっている あなたは 
たぶん かなしんで いるから
このえの まえに たっている あなたは
たぶん かなしみを ためこんで いるから
このえの まえに たっている あなたは
きっと かなしすぎて なくことが できずに いるに 
ちがいないの だから


もしも ほんとうに そうだったら

「このえの なか」で 
ないてください


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※BGMとして下の曲をつけておきます。






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この「詩のような題」は、一枚の絵に一つのタイトルとは限りません。
「入れ替え可能な題」という考え方をしています。
(もちろん、タイトルと絵が切っても切れないような関係にあるものもありますが、そうでない場合もあります。)
そのため、絵よりも題の方が先行することもありますし、絵に対して題を考える場合もありますし、もともと、出来ていた絵とタイトルを組み合わせることもあります。

もちろん、見る人が勝手に絵と題を組み合わせることも出来ます。
抽象性って、そんなことじゃないかと思いますよ。

そういうことですので、どうぞよろしく。






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