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『うずくまって はねを やすめていても』




「長い題」=詩のような題です。

このブログ、今はこの「長い題」だけを更新しているんですが、だいぶ数が増えてきて、どこにどの「題」があるのか、探すのが大変に成って来たので、これからは、一遍につき一つの投稿にしようと思います。


『  』の中は「題の題」のようなモノです。
その絵を呼ぶのに使う「呼び名」だと思ってください。
「ニックネーム」のようなものです。
(本当は、フルネームで呼んでもらったら最高ですけどね。落語の「寿限無」みたいで!)

あぁ、言い忘れてましたが、「絵」の「題」です。
あくまで「タイトル」として作っています。
その辺はこのカテゴリの最初の記事で説明しています。

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『うずくまって はねを やすめていても』
けっして らくとは いえない

なぜなら うちひしがれて いるから
だから らくとは いえない

うちひしがれて いるのは からだだけ ではない
ぜんしん ぜんれいが うちひしがれて いる
だから けっして らくとは いえない


それでも ここにいると 

ここに こうして うずくまって 
はねを やすめて じっとしていると

もしも ここで しんだら
きっと ここが まいそうのちに なるのだろう

そんなふうに おもえてくる
ここが どこなのかも わからないと いうのに

だから けっして らくとは いえないと いうのに


※この「詩のような題」は当初、現在は『かなしい ときは なきましょう』という「詩のような題」をつけている絵に対応させていました。
現在は、この「詩のような題」には「こちら」の絵を対応させています。

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※上の「詩のような題」のイメージに近い曲です。






もう一曲





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この「詩のような題」は、一枚の絵に一つのタイトルとは限りません。
「入れ替え可能な題」という考え方をしています。
(もちろん、タイトルと絵が切っても切れないような関係にあるものもありますが、そうでない場合もあります。)
そのため、絵よりも題の方が先行することもありますし、絵に対して題を考える場合もありますし、もともと、出来ていた絵とタイトルを組み合わせることもあります。

もちろん、見る人が勝手に絵と題を組み合わせることも出来ます。
抽象性って、そんなことじゃないかと思いますよ。

そういうことですので、どうぞよろしく。














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