FC2ブログ

「前向き」ということについて



「前向き」と言えば、当然いいことということに成っているわけですけれど、私といたしましては、これに若干の異議があるわけなのです。

まず、最初に感じてしまうのは『無理してるんじゃないの?』ということなのです。

だいたい、自分の状態が「前向き」なときに、あえて「前向き」は使わないんじゃないのかなと。
やはり、落ち込んだり自信がなくなったりして、「後ろ向き」になりかけた自分を、鼓舞したり、立ち直らせようとして「前向き」と言う、言葉を使うんじゃないでしょうか?

つまり、「負」を「正」に、「マイナス」を「プラス」に転じるためのキーワードとして使われているのじゃないかなと。
でも、世の中に「負」や「マイナス」がないわけはないのですから、すべてを「プラス」に転じるのには、ちょっと無理があるように感じてしまうわけなのです。

むしろ、本当に大事なのは、と言うよりも、実際に有効なのは、「負のスパイラル」に入ってしまわないようにすることだと思うわけなのです。

「負」を「負」と認めたうえで、それをもっとよく見つめて、より正確に把握しないと、、「負」が無制限に拡張していって、「スパイラル」の状態になってしまうのじゃないのかなと。

もちろん、もともとの性質によって、そうならない人もいるわけで、そういう場合は、「前向き」も有効なんだとは思うのです。
だから、そういう人が言っている場合は、あまり気にならないし、いいことなんだと思います。


ただ、もう一つ気になるのは、マスコミやインターネットで流されている「情報としての前向き」です。

私の記憶では、高度成長期には「前向き」と言う言葉は、今ほど使われていなかったような気がします。
むしろ、景気が低迷し出してから、「前向き」が増えているような気がするわけです。

そして、それとは正反対の意味で、「前向き」が増えていくのと同期するように、自殺などの「悲惨な死」が増えているように思うのです。

私には、自殺や幼児虐待の結果、幼い子供が親に殺されるような「悲惨な死」は、どうしても受け入れられないし、耐えられないし、そこでは「前向き」が役にたつとも思えません。

統計上の数字などは知りませんが、少なくとも、「前向き」とは裏腹に、世の中全体が、このところかなり暗いようにも思うのです。(少なくとも日本では)

もちろん、この言葉を使っている人たちには、そんな意味で使っている人は少ないのでしょうが、「前向き」には、結果的に、相手にそれを強いる性質があるようにも思えるのです。
(もちろん、個人がこの言葉を使うことを非難するつもりはありません。あくまで、社会の通説として、一方的に大量に流される「情報としての前向き」に限ってのことです。)

でも、私は「後ろ向き」でもいいように思うのです。
それは、そんなに暗いことでもないように思うわけです。

ただ、「情報としての前向き」が、これだけたくさん流されてしまうと、それとの対比において、どうしても「後ろ向き」=「暗い」=「マイナス」=「不要」となってしまうので、『「前向き」でなければいけない』になってしまうのかなと。

ということで、私といたしましては、このような「悲惨な死」は受け入れがたいのです。
すべて、無くなってほしいです。

せめて身近で、このようなことを頻繁に見聞きするような状態からだけは脱してほしいと思っています。

本当は、「前向き」でも「後ろ向き」でも、どっちでもいいと思うのです。
前でも後ろでも、そんなことは関係ないと思うわけです。

どっちを向いていようが、その人が立っている位置に変わりはないし、そこが、悪い位置であっても、それはその場所の話であって、その人が悪いとは限らないわけなので、その場合、向きを変えたりする必要は特にないようにも思うのです。

その立ち位置は、替えられれば、それに越したことは無いのでしょうが、それは、本人が一番よく分かっているということが、ほとんどだと思います。  

わかっていても、それが出来ないからその位置に立たされているんでしょうから。

そんな中で、何よりも受け入れがたいたいのは、「情報としての前向き」がさらに増え続けて、それと比例して、「悲惨な死」のグラフが上に伸び続けることです。

要するに、私はこれを受け入れるつもりはない。
と言うことですね。




関連記事

管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


リンクはご自由にどうぞ

QRコード

QR