FC2ブログ

「自信」について



「自信」と言う言葉について、それは自分で勝ち取るものだという考え方と、それは人から与えられるものであるという考え方があるように思うのです。

「自信」は自分で獲得するものであるとした方が、納まりがいいように思うのですけれど、「自信」の中でも、絶対的な「自信」みたいなものと言うのは、自力では獲得できないように思うのです。

やはり、普通は誰でも人から褒められれば「自信」が付きますし、貶されたり、相手にもされなかったりすれば、それは徐々に失われていくわけです。

そんな中でも揺るがない「自信」と言うのは、なかなか自分では養えるものではないように思います。

それが天性のものなのか、幼いうちに、どこかで与えられたものなのかはわかりませんが、そういう絶対的ともいえる「自信」を持った人というのも、確かにいるのだと思います。

でも、私はそういう「スーパーな人」よりも、「ごく普通の人」の方により興味があるので、やはり、「自信」はその都度与えられるものであるという方の説を取ってしまうわけなのです。

まぁ、私自身が何を言われても動じない「自信」なんて持ったことがないということですね。

私がやっと持っていられるのは『できなくてもいいじゃないか』という「自信」と言えるのかどうかも、怪しいような感じの「自信」ですけれど、普通の人間が、自力で自分に与えられる「自信」はこれぐらいしか無いと思うのです。

これぐらいだったら、その都度人から与えられなくても自前で何とかまかなえそうな気がします。


だいたいが「できる」「できない」で人の価値を判断し過ぎるように思うのです。

何かができても偉いとも思いませんし、何かができないからと言って、その人をダメだとも思いませんが、どうしても、そこに価値基準が偏ってしまうので、「できる」と「自信」も付くけれど「できない」と評価されないから「自信」も失う。

当たり前と言ってしまえば、それまでなんですけれども、そこで、人間性が抜け落ちてしまう傾向があるように思うのです。

だから、私は『自分はすごく悪い人間ではないし、それぐらいで十分だから、できなくてもいい』と思っているわけです。

それ以上に立派な人間になりたいとは思いませんし、そういう立派な人と言うのは、居ると言われてはいますが見たこともないし、成れるとも思いませんから、このぐらいで十分だというのは、私にとってはやはり「自信」の一種なわけです。

そして、そういう「自信」も、わたしは結構好きです。



関連記事

Comment 0

There are no comments yet.