FC2ブログ

『しんじつの とびらを いま ぼくの なかで ひらこう』




「長い題」=詩のような題です。

このブログ、今はこの「長い題」だけを更新しているんですが、だいぶ数が増えてきて、どこにどの「題」があるのか、探すのが大変に成って来たので、これからは、一遍につき一つの投稿にしようと思います。


『  』の中は「題の題」のようなモノです。
その絵を呼ぶのに使う「呼び名」だと思ってください。
「ニックネーム」のようなものです。
(本当は、フルネームで呼んでもらったら最高ですけどね。落語の「寿限無」みたいで!)

あぁ、言い忘れてましたが、「絵」の「題」です。
あくまで「タイトル」として作っています。
その辺はこのカテゴリの最初の記事で説明しています。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

アスファルトで おおわれた 
ちきゅうという はいいろの ほしが あるという


かつては あおと みどりの ひかりに つつまれていた その ほしには

けんりょくは うばいあい
せきにんは おしつけあい
それでいて 
じょうひんぶった ちしきや 
みえと じふしんだけで つくりあげた かんせいを
みせあって あそぶという とぼけた しゅうせいが ある 

にんげんという いきものが いたという



その にんげんという いきものは
みずからが たんなる りゅうつう しゅだんとして うみだした
かねという もうそうに 
とらわれ しはいされ ほんろうされ

さいごには はかいされて しまった


しかし 
あらたな しゅうせいを みに つけたもの だけが いきのこり
あたらしい いきものとして うまれかわった


その あたらしい いきものは 
いまも はいいろの ちきゅうに すんでいるが
いまでも ちきゅうが 
あおい ひかりに つつまれて いると しゅちょうしている


かれらは いまだに かねを すうはいし
かねに ぜつだいな ちからが あると しんじて いるが

それを ぶんめいと よぶことによって
そこに むじゅんは なくなるものと かんがえている


かれらは ありとあらゆることの なまえを よびかえることに よって
じぶんたちが うみだした むじゅんを 
すべて わすれさることに せいこうした

かれらは かんせいされた せいかつを てに いれ
もはや なにひとつ こまることは なくなった



つまり かれらが みにつけた あらたな しゅうせいとは
すりかえに ほか ならない

あらゆることに おいて ほんしつを ついきゅうせずに
ぶなんで ここちよい ものに すりかえて つじつまだけを あわせる


しんじがたいこと だが 
かれらは この しゅうせいを みにつけたことに よって 
いきのこり

いまや かつてないほど はんえいしていると いう



さて ところで

この あたらしい いきものたちこそが
いま ここにいる われわれで あると する ぞくせつが ある


もちろん おおやけに みとめられた せつでは なく
まったく こんきょの ない うわさで あって

すくいようも ないほど こっけいな めいしんでは あるの だが



その こっけいな めいしんの なかに ねむっている 

『しんじつの とびらを 

いま
 
ぼくの なかで ひらこう』



※この「詩のような題」は、以前まとめて投稿した中の一つです。
今回、絵(+音楽の場合も)を追加したので、改めて投稿しました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

※上の「詩のような題」のイメージに近い曲です。
どうしても、言葉の意味よりも曲から受けるイメージで選んでしまうので、歌詞と「詩のような題」の間にギャップがある場合があると思います。
まぁ、それ以前に、英語の意味がほとんどわかっていないので、その辺はどうぞ大目に見てくださいませ。









~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

※この「詩のような題」に対応する絵がこれです。




P1000735_convert_20171007161030_convert_20190322142940 (1)





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







関連記事

Comment 0

There are no comments yet.