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『ある じんるいに とって じゅうだいな ドラマ』



『  』の中は「題の題」のようなモノです。
その絵を呼ぶのに使う「呼び名」だと思ってください。
「ニックネーム」のようなものです。
(本当は、フルネームで呼んでもらったら最高ですけどね。落語の「寿限無」みたいで!)

あぁ、言い忘れてましたが、「絵」の「題」です。
あくまで「タイトル」として作っています。
その辺はこのカテゴリの最初の記事で説明しています。

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そのとき まったくもって ありふれた
とあるまちの とあるビルの なかに ある
ごくふつうの オフィスの いっかくで
『ある じんるいに とって じゅうだいな ドラマ』が てんかいされた



かのじょに プロポーズ するため
あざやかな いろの ちょうを たばねた はなたばを わたす かれと

それに よろこんだのも つかのま
いっけんすると うつくしい ちょうの はなたばに みえた それが
じつは どくどくしい いろの がの はなたばで あったことに きづいて
こんわく しながらも 

その がの はなたばには 
どんぶりかんじょうで ざっと みつもって 
いくらぐらいの かちが あるの だろうかと
きわめて ちみつで ろんりてきな けいさんを めぐらし ながらも

そのじつ ほんとうの ところでは 
ただ たんに しゃかいの つうせいに したがった だけの 
はなはだ じょうしきてきでは あるが
まったく おもしろみの ない てきとうな はんだんを

それでも たしかに 
ちんちゃくれいせい かつ しんちょうに くだしそうと している かのじょの
しょうらいを あんじする できごとが 
まどの そとで おきていると いうのに

その ききてきな じょうきょうを うったえて いる
まどの そとがわで ゴンドラに のっている まどふきの こえには 
だれひとり きづかない


そして いま 
とうとう まどにも ブラインドが おろされようと している

きわめて ゆっくりと 
しかし よどみ なく おりてゆく ブラインドを とめようとする ものは いない


もう これからは 
しんじつを みようと するものは ひとりも いなく なるだろう

これからは 
まどの そとで おきていることを みなくても すむの だから
これからは
ブラインドを とおして さしこむ やわらかい ひかりに つつまれて
てきどに エアコンの きいた せいけつな オフィスの なかで
のんきな ドラマを えんじて いれば 
それで いいの だから

そう
その オフィスに とびかう むすうの がの どくどくしい りんぷんに まみれて
いきが くるしいの だけを がまんすれば 
それで いいの だから
そう
まどの そとで さいごの ちょうが しにたえる ときで あっても 
その こうけいが みえなければ 
きには ならないの だから

そう
いま ブラインドが かんぜんに おりきって しまうのを
とめさえ しなければ
それで いいの だから



そうすれば 
きみも ぼくも 

すこし らくには なるの だから



※この「詩のような題」はずいぶん前に書いたものなんですが、たぶん投稿していなかったと思います。
 (はっきり覚えていませんが、ふざけ過ぎな気がして、確か見送ったと思います)

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※上の「詩のような題」のイメージに近い曲です。
どうしても、言葉の意味よりも曲から受けるイメージで選んでしまうので、歌詞と「詩のような題」の間にギャップがある場合があると思います。
まぁ、それ以前に、英語の意味がほとんどわかっていないので、その辺はどうぞ大目に見てくださいませ。





※同じ人の同じ曲なんですけど、たぶん、20年くらいたってると思いますが、まったく体の動きが変わってない。
 (バンドのメンバーは変わってると思います)
 いや、
 『年をとっても動きが若い!』
 じゃなくて
 『若い時から動きがオヤジ臭い!』




でも、この人、ジャンプ&ジャイブ系の音楽ではかなり人気も評価も高い人で、音楽的にもしっかりしているんですけど、それを上回るほどのエンターテナーだったということなんだと思います。

おそらく、日本のクレージー・キャッツなども、この人(グループ)の影響を受けているんじゃないかと思いますね。

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この「詩のような題」に対応する絵は今のところありません。
そんなことやってるの無駄じゃないか?と思う方も多いでしょうが、私は無駄も大事な要素だと思っています。

たとえば、上の「ルイ・ジョーダン」なんかも、音楽だけやっていてもそれなりに評価されていたでしょうし、人気を獲得した後まで、あんなおどけたことなんかしなくてもよかったんだと思いますが、おそらく彼が今でも一部の人に人気があるのは、そういうところがあるからじゃないかな?とも思うわけです。

私自身も、暗いブルースばかり聞いていたころに、上の曲を聞いたときは『ナニコレ??』としか思いませんでしたが、30年以上たった今でも、その頃聞いた『キャルドニャ~』の声がひっくり返るところは、はっきりと耳に残っています。
(一応、こういうのも「ブルース」の中の一つのジャンルに含まれているんですねぇ)


音楽に限らず、何であっても、残らないモノには、あまり大きな意味を感じないんですね。
だから、他人からは完全に無視されていますが、そういう無駄なことから人の心に残るようなものが生み出せたらいいかな?と思ってやっているというわけです。

まぁ、私の場合は絵も他のことも全部完全に無視されてますから、イイとは言えませんけど、本人はかなり真面目に一所懸命にやっているつもりなんですよね。

そんな風に見えてないのかもしれませんけどね。


わたしのような、どちらかと言えばダメな人間が、なにか人の役に立つことを一つくらいやってから死にたいなぁとか、そのために自分が出来ることはどんなことなのかなぁと考えることは、もしかしたら、人から見るとおこがましいことに見えるのかもしれませんね。

まぁ、そういう見方が正しいのかもしれません。
でも、どうしたら、もっと謙虚に成れるのかがわかりませんから、仕方ありませんね。
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