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『「シコーシュル」 と 「シコーシュィナイ」』



『  』の中は「題の題」のようなモノです。
その絵を呼ぶのに使う「呼び名」だと思ってください。
「ニックネーム」のようなものです。
(本当は、フルネームで呼んでもらったら最高ですけどね。落語の「寿限無」みたいで!)

あぁ、言い忘れてましたが、「絵」の「題」です。
あくまで「タイトル」として作っています。
その辺はこのカテゴリの最初の記事で説明しています。

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よのなか ふたつに わかれてる
みえない ところで わかれてる


この よには ふたつの せかいが あるらしい
『「シコーシュル」 と 「シコーシュィナイ」』
ふたつの せかいが あるらしい


「シコーシュル」は かんがえる せかい
「シコーシュィナイ」は かんがえない せかい

でも
「シコーシュィナイ」の ひとたちが
あたまを つかって いない わけでは ないし
「シコーシュル」の ひとたちが 
あたまが いいと いう ことでも ない

あたまを つかう ことと かんがえる ことは ちがう 


あたまを つかわずに できることは ないが
かんがえずに できることは たくさん ある
むしろ 
かんがえない ほうが さぎょうの こうりつは いい

そう
「シコーシュィナイ」は こうりつを ついきゅうした せかいの ことで
そう
「シコーシュル」は こうりつを ついきゅうしない せかいの ことだ


ところで 「シコーシュル」は 
こうりつを ついきゅう するのを やめて なにを ついきゅう したのか

それは いきやすさ

「シコーシュル」は にんげんの いきやすさを ついきゅうした せかい
にんげんは
かんがえて いるから にんげんで いられる

かんがえる ことを すてた にんげんは 
にくで できた きかいに なる
そう だから
そのほうが さぎょうの こうりつは いい



ためしに ひとつ きいてみた
そこの ところを きいてみた
かんがえて いるかと きいてみた

「シコーシュル」の ひとたちは
「かんがえて いる」と いっていた
「シコーシュィナイ」の ひとたちは
「すごく よく かんがえて いる」と いっていた

さて もう ひとつ きいてみた
なんの ためにと きいてみた
なんの ために かんがえるのか きいてみた

「シコーシュル」の ひとたちは
「かんがえることに りゆうは いらない」と こたえ
「シコーシュィナイ」の ひとたちは
「こうりつを あげる ため」と こたえた

さいごに もう ひとつだけ きいてみた
こうりつに ついて きいてみた
なんの ために こうりつを あげるのか きいてみた

「シコーシュル」の ひとたちは
「にんげんが かんがえる じかんを かくほする ため」と こたえ
「シコーシュィナイ」の ひとたちは
「「こうりつを あげることに りゆうは いらない」と こたえた 



なるほど ふたつに わかれてる
なるほど せかいは わかれてる

「シコーシュル」と 「シコーシュィナイ」


ふたつの せかいが あるらしい



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※上の「詩のような題」のイメージに近い曲です。
どうしても、言葉の意味よりも曲から受けるイメージで選んでしまうので、歌詞と「詩のような題」の間にギャップがある場合があると思います。
(逆に、曲調の方に違和感がある場合もあると思います)
まぁ、それ以前に、英語の意味がほとんどわかっていないので、その辺はどうぞ大目に見てくださいませ。



※よく知りませんが、ボブ・マーリーの息子さんだと思います。
もう一曲、こちらはゴスペル。

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