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現在、「個性的であろうとすること」が「唯一の没個性」だと思うのです:教育で浸み込まされた「個性と才能」



現在、「個性と才能」がとても素晴らしいものだということを否定する人はあまりいないでしょうね。
確かにそうなのでしょうが、その意味が履き違えられてしまっているようにも思うわけなのです。


このブログの中でも何度か書いていることなのですけれど、「個性的」や「才能豊かな」ということが、ある一部の者に与えられた特権のように思われてしまっていると思うのです。

そして、それは教育の段階で子供のうちから浸み込まされてしまっていることなのではないかと思うのです。


実際には、「個性と才能」を重視すればするほど、それは普遍性を持つはずで、ごく一部の者に与えられたものではなく、全ての者に違った形で与えられるものであるということでなければ、理屈が合わなくなってしまうと思うのです。


「個性」と言うのは違うから「個性」なのであって、それを重視するということは、より多くの「個性」を認めることでなければ理屈が合わなくなるはずで、結果的には、すべての者になにかしらの「個性」があるということに成るはずなわけです。

また、「才能」にしても、それは「何かを達成する能力」なわけですから、その「何か」が多様化すれば、当然「才能」も多様化するわけですし、逆に範囲を限定されれば、当然それは画一化していくわけです。

やはり、「個性」と同じように「才能」も普遍化、一般化していくはずなのではないでしょうか?


私は、この点について、現在の状態が明らかに矛盾していると考えているわけですけれど、これを、誰かに言ってもなかなか通じないわけです。

相手の反応を見ていると、私が無理にこじつけで「才能はみんなに同じだけある」と博愛主義的なことを言おうとしていると思うようなのですが、私にしてみれば、どう考えても「個性と才能」と言う言葉と『一部の者だけに与えられた特別なもの』という状態は、まったく一致しないわけなのです。


なぜ、このような矛盾した状態に成っているのかと言えば、それはおそらく、教育の段階で無意識の領域に、そういった考え方が浸み込まされてしまっているからなのではないのかなと。

完全に無抵抗(無意識)の状態で洗脳に近い形で刷り込まれてしまっているために、それを疑うこともないし、それを否定する者がいると強く反発するのではないのかなと。

どう考えても、それ以外の理由が考えられないわけなのです。


実際、両親にしても学校にしても、そういう刷り込んでいる側も無意識のうちに、「個性と才能」は特権的に持っている者と持っていない者が居るということや、そういう素晴らしいものを持っている者は、ある程度特別な扱いを受けるのは当然なことで、それを持たない者が、一段低い位置に甘んじることも、またある程度仕方がないことであるということを子供たちに伝えてしまっていないでしょうか?

いま、『伝えてしまって』と言いましたけれど、それは、むしろ『あえて否定しないことで伝わってしまっている』と言った方が正しいのかもしれません。

つまり、社会の状況を見渡せば、「個性と才能」についての特別扱いが蔓延しているわけで、教育段階においては、むしろ、それを否定的に扱う必要があるわけですから、教育する立場の人は、教育を受ける子供に対して、『現代社会においては「個性と才能」は特別扱いされているけれど、それは社会の都合のよいように曲げられた考え方であって、本来、「個性と才能」は普遍的かつ一般的なものであるべきである』とあえて教えるべきところを、それをしていないために、或はお座なりにしているために、結果的に社会が提示している方向性が修正されることなく、子供の段階で無意識の中に刷り込まれてしまうのではないでしょうか?


いずれにしても、間違いなく言えることだと思うのは、これほどまでに「個性と才能」を特別扱いすることが一般化している現在においては、「個性的であろうとすること」は現在有り得る「唯一の没個性的なこと」であるということです。

また、「才能がある者」と「才能がない者」に分ける考え方は、ほとんどの「才能」を否定しているともいえるでしょう。
それは、おそらく、現在において一番つまらない考え方でしょう。

ですから、教育によって知らず知らずのうちに浸み込まされてしまった意識はもう捨てて、「個性と才能」なんてものは、その辺にゴロゴロ転がっているものだと、そして自分の中にも普通に適当な感じで存在しているものだと思ってもいいのではないのでしょうか?


実際には、今必要なのは、そこから先であって、それはもうどうでもいいことなのではないのかなと。

『そういうモノはもう過去の時代に置いてきたはずなのではないのですか?』


そんな風に言いたいわけなのです。



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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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