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一極集中的な性質を「才能」と呼び続けたことの間違い



このブログで前にも書いていることですが、現在、芸術において「才能」という言葉を使うことには、疑問を感じざるを得ないわけなのです。

だいたい、「才能」と言うと、一つのことに突出した能力を持っている人や、幼いうちから、高い能力を示した者というイメージがありますけれど。

でも、その「突出した能力」や「高い能力」と言うのが、何を基準にしたものなのかが、全くもってはっきりしない場合が多いわけです。

例えばの話、絵を描くのがうまい人が居ると「彼には絵の才能がある」と言われるわけですが、では、その「うまい」について、『それは技術のことですか?』と聞いたとき、それに対して、『そうです。技術があることが才能なのです。』と言い切る人が、現在どれだけいるでしょうか?

また、他の子と違った色使いをする子供がいると、それも、『あの子には才能があるのかもしれない』と言われるわけですが、『じゃあ、普通の色使いをする子には才能がないわけですね?』と聞くと、たいてい、『そういうわけではないが、~あーでもない、こーでもない』と言って、話はうやむやになってしまうわけです。

『じゃあ、「才能」とはいったい何を指しているのですか?』と言うと、多くの場合、『それは個性である』ということが出て来るわけですが、個性だったら、みんなにあるはずで、「ある人」と「ない人」がいると言う話はオカシイわけです。


現代美術は、そういう一極集中的なものの見方を捨てることからスタートしているはずだと思うのですが、いまだに、何か一つの頂点を想定して、それに近いものが「上」=「才能がある」で、遠いものが「下」=「才能がない」と言う、前時代的な考え方がまかり通っているようにしか見えないわけなのです。

そして、さらに、その頂点をときによって、とっかえひっかえするという、まったくデタラメなやり方をしてしまっているようにすら思えるわけなのです。


ものの見方や考え方を、多様化させるのであれば、そこに上下を付けてしまうというのは、まったく意味がないわけで、そう言う見方をすれば、必ず「上」にあるものが頂点となって、いつの間にか、もとの一元的な考え方に戻っていってしまうわけですから、初めから、多様化・多元化などする意味がないわけなのです。

だから、現代の多様性を根こそぎ否定しようというのであれば別ですけれど、そうでないのならば、ただ単なる一極集中的な性質をもって、「才能」と呼び、それが「ある者」と「ない者」が居るというように、上下関係でものを見るというのは、極めて前時代的な考えであり、あくまで、それをするというのならば、現代を根こそぎ否定するだけの「構え」をもってするべきではないのかなと。

ですから、「才能」などと言う高いところに持っていかれてしまうような言葉を使うよりも、それを、「長所・短所」というような上下になりにくい言葉で置き換えていった方が良いように思われるわけなのです。

まぁ、要するに、平凡で単純な言葉の方がいいような気がします。
「長所」は常に「短所」でもある筈ですから、上下になりにくいのかなと。


本来は、「ある一つの才能」は「ある一つの長所」でもあり「ある一つの短所」でもある筈なわけですけれど、それが、「才能」と言って祭り上げられてしまうと一極的な見方に従って、「短所」の部分が見えなくなってしまうのかなと。

また、その逆に、「平凡」にも、「個性」や「才能」がある筈なわけですけれど、『平凡で個性がない、だから才能もない』と言われてしまえば、それは、ただ惨めなものにしか見えなくなってしまうわけです。

こういうことが変わらないと、まだ現代にすら成っていないわけで、未来などは、望むべくもないということなのではないのかなと。


私には、そんな風にしか思えないのです。




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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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