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誰のことも、見捨ててはいけないと思うのです



人と言う生き物は、社会から見捨てられると生きて行けないと思うわけです。
だから、どんな人も見捨てられてはいけないと思うのです。


募金とか寄付と言うのがありますけれど、あれは、「金銭の施し」ではないと思うのです。
あれは、『あなたたちを見捨てていませんよ』と言うサインなのだと思うわけです。

そして、受ける側も「お金」を貰っているのではなく、『自分たちが社会から見捨てられていない』というアイデンティティを受け取るのだと思うわけなのです。


例えば、犯罪者でも裁かれることによって、『社会から見捨てられていない』という自己確認を与えられているという考え方もできるのだと思うのです。

だから、重い刑罰が科せられたとしても、無視されて放っておかれるよりは『見捨てられていない』と言えるのだと思います。


個人にできることと言うのは限られているわけですけれど、「見捨てられていい人」が居るのではなくて、犯罪常習者で反省の兆しもないというような「切り捨てざるを得ない人」が居るということなのでしょう。

彼らは、ある意味では「社会に必要な犠牲」でも在るのだと思います。


現代社会では「見捨てられている人」は、そういうわかり易い場合だけではなくて、一見普通で「見捨てられているように見えない人たち」の中にもいるので、そういう「見捨てられた人たち」を拾っていけるシステムがあれば、現代社会においては、救いになるのだと思います。


そういう人たちにアイデンティティを配布していけるような機構があれば、社会の機能も活性化するのではないかと思います。

それは、きっと経済政策などよりもはるかに効果的なのではないのかなと。


そんな風に感じています。




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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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