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「著作権」は守ってくれない!



「著作権」と言うものが、創作者の権利を守っているということに成っているわけですけれど、これは、少し違うように思うわけです。
要するに、「著作権」が「創作者」の間に極端な格差を生み出してしまっているということですね。



例えば、現在、プロスポーツの世界などを見ても、一部の選手の報酬が度を越して高額に成ることで、そのスポーツの世界全体の首を絞めることに成ってしまうということが、起きて来ているわけです。

つまり、トップに居るプレーヤーと、その下の者との差があまりに激しいと、結果的に、その世界全体の潜在力を低下させてしまうのかなと。

実際、報酬とは無関係のアマチュア・リーグやプロチームの下部組織のクラブチームなどが充実している場合に、そのスポーツの潜在力は高まるように思えます。

スポーツの話と、創作に関する「著作権」は一緒ではないと思いますが、「著作権」もこうした極端な不均衡を作り出してしまう傾向があるように思うわけです。


つまり、現実には、「著作権」によって守られるのは「売れる物」だけであって、「売れない物」は全く守られてなどいないわけです。

これを言うと「負け犬の遠吠え」と取られるかもしれませんけれど、創作にしてもスポーツにしても「金になる物」と「金にならない物」の比率が、かなり偏っていることは間違いないわけで、例えば、1:100(それ以上?)みたいな極端な比率になっているわけです。

その「100」を切り捨てて、「1」だけを守っているものを、その世界全体を守っているかのように言うのは、「看板に偽りあり」なのではないのかなと。


当然、みんな必死で、「1」の方に入ろうとするわけですけれど、本当は、自分が持っているものを何かの形にして表したいという気持ちでやっていることで、「1」に成るためにやっているわけではないように思うわけです。

ですから、「著作権」など「売れる物」だけを守る「権」ではなく、底辺に居る創作者を守るような「権」があればいいのになと、そんな風に思ってしまうわけなのです。


現在、義務教育において、「美術」や「音楽」、「文学」など創作に関わる教育を、ある意味で強制的に与えられているわけですから、国民全員が「創作の種」を蒔かれているわけですよね。

そうなると、創作を志望する者(芽を出す者)が、たくさん出て来るのは当然の結果なわけですよね。
それなのに、それに対する受け皿がないわけです。

その結果が1:100なわけです。
そして「1」の方だけしか守られないわけです。

私個人の考えですが、「著作権」などいらないから、「経済」とは無関係な「創作できる環境」と「表現できる環境」がもっと増えればいいなと、そして、それは創作者だけでなく、みんな(鑑賞者も含めて)にとって、なんとなくいいことのような気もするかなと。


そんな風に思っています。



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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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