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「芸術を見つけ出すこと」



20世紀以降の美術においては、「芸術」と無関係なものでも「芸術の場」に持ち込むことで、そこに芸術性が生じるという考え方があるわけです。


作品の中に、「芸術」とは思えないような、言ってみれば「非芸術的」な”何か”を取り込むという考え方も含めれば、20世紀半ば以降の先進的な芸術分野においては、こういう考え方が主流であったと言ってもいいように思います。

こういった考え方において、追究されていたのは「芸術」を”見つけ出すこと”だと思うのです。

つまり、それまでは「芸術」は「創り出すもの」だと思われていたわけですが、
それを、”見つけ出すこと”にこそ価値があると考えたわけなのでしょう。


そして、その”見つけ出す”作業も「一種の創作」であるという拡大解釈が、認められてきたわけです。

でも、私は、「芸術」を”見つけ出すこと”だけだと、それは鑑賞者における、「芸術性」なのではないかと思うわけです。


創作者は”見つけ出した”ものの中の「芸術」をさらに加工して、「芸術性」を高めたり濃縮したりして、作品とするべきなのではないのかなと。
そして、その作業こそが「創作」に当たるものなのではないのかなと考えるわけです。


それに、もし「芸術」でないものの中に「芸術」を”見つけ出した”のならば、

それは「芸術でないということ」に「芸術的であるということ」が”見つけ出された”わけで、それを「芸術の場」に持ち込んでしまっては、全く意味がなくなってしまうわけです。

それでも、『いやいや、それは始めから「芸術」だったのではなく、「芸術の場」に持ち出されたことによって「芸術」と成り得たのだ。』と言う”ヘリクツ”(悪い意味ではなくて)は成り立つと思いますけれど、それは、あくまで「芸術の断片」であり、その「芸術のカケラ」をもって、「芸術」と呼んでしまっていいものなのか?と思うわけです。

私といたしましては、常道や常識から外れたところに”何かを見つけ出すこと”が、「芸術」の”キッカケ”であるとは思うのですが、それは、「芸術」の”スベテ”ではないと思うのです。

それは、料理人が素材選びに力を注ぐのと同じようなことで、厳しい言い方をすれば、「当たり前のこと」なわけです。

どんなにいい素材を”見つけ出して”来ても、それをただテーブルの上に並べただけでは、それは料理ではないわけです。
要するに、そこまでも当然やるべきことではあるのですが、そこから先が重要だということでしょう。

”見つけ出すこと”がダメだとは言いませんけれど、足りないのです。

人間の、つまり作者の、”かかわり”が足りないのです。

”見つけ出した”だけじゃ全然足りないのです。

”見つけ出したこと”なんてどうでもよくなって消え失せてしまうくらいに、強く”かかわら”なければ、いや、それでも足りないくらいなのですから。


もともと、「芸術」とは、人が何をなし得るかと言うことに対する「挑戦」なわけで、人がどこまで「真実」に迫れるのか、人がどこまでそこに”かかわり”を持てるのか、そして、人がそれをどこまで表現し、伝えることができるのか、と言う”人間の戦い”の塊のようなものだと思うわけです。

だから、人がいかに濃密にそこに関わり、自分以上に自分自身であるような、そういう濃厚な自己表現があってこそ、それが「芸術」たりうるものなわけで、”見つけ出した”だけでは百万分の一にもならないわけなのです。


とは言え、”見つけ出すこと”も、当然のこととして、とても重要なことではあるわけですから、”見つけ出すこと”を ”見つけ出して”くれた20世紀の巨匠たちには感謝いたしますが、われわれは、もう、そこに留まって居てもしょうがないわけです。

そこには、もう私たちの居場所はないんだと思うのです。


”見つけ出した”「芸術のカケラ」が「芸術的」か「非芸術的」かなんてことは、どうでもいいようなチッチャイことで、それを自分の意識で全部埋め込んでわからなくしてしまうくらいに、強く”かかわって”いかなければ、なんにも始まらないなと。


そういった気持ちで、やっております。
あぁ、出来ないですけどね。きっと。
でも、出来なくたって、やるわけです。


まぁ、要するにそういうことなのです。



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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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