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「真面目さ」を”バカにする”風潮



現代の日本社会には、「真面目さ」を軽視する傾向があると思うわけです。
そして最近になって、この傾向が急に強まって「真面目さ」を”バカにする”人が激増していると思うのです。


もともと、日本人の長所として、いつも決まって挙げられていた「真面目さ」や「勤勉さ」が、いつの間にか軽視されるようになり、今では、とうとう”バカにされる”ようにまでなってしまったわけです。

しかも、最近の傾向として、どうやら「真面目さ」を一番”バカにして”いるのが、「真面目な人」のようなのです。
(本質的に真面目と言うよりも、表面的に「真面目な人」ということだと思いますが)

と言っても、その人自身は、自分がその「真面目な人」だと認めてはいないようです。
どうも、自分は『そんなには真面目じゃない』と思いたがっているようです。


「真面目な人」と言うのは、真面目なだけに、社会が『「真面目さ」を”バカにする”』と言う方向を指し示すと、その方向性に、”真面目に”従って、それを”バカにする”ようになってしまうようなのです。

しかも、自分が「真面目な人」だということも認めたくなくなってしまうようです。
そりゃ、自分にバカにされたくないですからね。


その人たち自体は、いたって普通の人たちで、どう見ても、不真面目な人でもチャランポランな人でもありません。
むしろ、普段言っていることなどは”お堅い”感じの人たちなわけです。

ところが、ひとたび「真面目さ」に関わるようなキーワードを提示されると、かなり、露骨に”バカにしたり”するわけです。

『さっきまで言っていたことと違うでしょ!?』と思ったりもするわけですが、本人たちは、ほとんど気にもしていないようです。


昔から、「真面目くさって」とか「くそ真面目」といった言葉で、「真面目」なばかりがいいわけじゃない、ということは言われてきたわけですけれど、それはあくまで「真面目さ」がベースにあっての話で、あまり行き過ぎると、よくないと言っていたのだと思うのです。


現在は、それとはまったく違います。
「真面目さ」を憎んでいるように見えるときすらあります。


ここからは全くの想像で、根拠はありません。

日本人は「真面目だ。真面目だ。」と、それしかとり得が無いように言われ続け、それでいて、その「真面目さ」が世界に対峙した時の「勝負弱さ」になったりするのを見続けてきて、『もういや!』になってしまったのかなと。


もともと、江戸期までの日本人は、それほど働き者でもなかったという説もあるようですし、「日本人」=「真面目」というのに無理があったのかなと。

鎖国していた日本が、世界に追い付こうと、がむしゃらにふるまう姿が、世界の中での「日本人」の位置づけを「真面目」にしてしまったのかなと。


世界に「追い付け追い越せ」と、上へ上へ向かっている時には、「真面目」と言われようが、それしかとり得が無いと思われていようが、気にせず邁進できたのかもしれませんが、高度成長が終わり、バブルに浮かれ、そしてそれもハジケ、それまで、我慢してきた「真面目のレッテル」が、『もういや!』になってしまったのではないのかなと。


そして、ここからが言いたいことなわけなのです。

”バカにしている人”の「真面目さ」は表面上の「真面目さ」です。
ただ単に、常道を外さないというだけです。
そんなものはどうでもいいわけです。

でも、”バカにされている”方の「真面目さ」が「本物の真面目さ」だったりするわけです。


この本質的な「真面目さ」を”バカにする”と何も生み出されません。

根本の所に「真面目さ」のないものは「クズ」だと思います。
「クズ」程の意味もないかもしれません。


日本人だろうが、ナニ人だろうが関係ありません。
動物だって「真面目に」生きています。
石ころだって「真面目に」存在しています。
だから、「クズ」だって、きちんと「真面目に」そこにあるわけです。

だから、それは「クズ」にも満たないのかもしれません。
(ただし、人間は完全に不真面目にもなれないと思いますが)


表面上において、「真面目」を選択しようと、「不真面目」を選択しようと、どちらでも自由だと思います。
どっちでもいいことだと思います。

でも、根底に「真面目さ」のないものには、何の意味もありませんね。


表面的にとはいえ「真面目な人」が「真面目さ」を”バカにしている”なんて光景は、あまり見たくないですね。


そういうのは、悲しいだけなのかなと。

そんな風に思ってしまいますよね。



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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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