FC2ブログ

もう「天才」は「社会の重荷」だと思うのです



前の三つの記事のまとめのような話です。

前の三つの記事で、「歳をとること」・「真面目さ」・「一所懸命」が、今の日本社会では軽視されているということを書いたわけです。


『どうしてこんな風になってしまったのか?』と考えると、私の場合、必ず「天才」と言う言葉に行き着いてしまうわけなのです。

私に言わせていただければ、「天才」とは、最も”若く”して、最も”簡単に”、「何かを成し遂げることができた者」で、最も”「真面目さ」を必要としない”存在なのです。


つまり、「歳をとること」も「真面目さ」も「一所懸命」も、「天才」から遠ざかることなのだと思うわけです。


なぜ、「歳をとること」が悪いことのように言われるようになったのか?
それは、歳をとってから何かを達成する者よりも、若いうちに達成できる者の方が才能があると思われているからでしょう。

なぜ、「真面目さ」が”バカにされる”ようになったのか?
それは、才能がないから「真面目さ」でカバーしていると思われているからでしょう。

なぜ、「一所懸命」が軽視されているのか?
それは、才能が有れば簡単にできるようなことを、才能がないから「一所懸命」にやらないとできないんだと思われているからでしょう。


つまり、この三つは「天才」には必要ないものだと思われているわけなのです。
そして、この三つのどれか一つでも持っていれば、才能が無いと判断されてしまうわけです。

 ※『いやいや、天才と言うのは、実は、ものすごく努力しているものなのだよ!キミィ』
  と言う人が非常に多いわけですが、それなら「努力家」でいいんじゃないですか?
  なぜ、そうまでして、その「努力する人」のことを「天才」と呼ぶんでしょう?
  けっきょく、そういうことを言う人は『才能がある人が努力するから、すごいことが出来
  るんだ!』と信じ込んでいるというだけのことです。

  実際は、『努力した人が才能を発揮する』と言うのが本当だと思いますよ。
  「才能」はみんなに同じくらい与えられていると考えれば、「努力した人」が、それを発
  揮するのは当然だし、「努力しない天才」ほど情けないものはないというのも、また当
  然のことなわけです。


でも、現実には、この「天才」と言う言葉に、現在でも実態があるのでしょうか?

私は無いと思っています。


「天才」の条件である、”若いうちに”や”より簡単に”は、

もともと、大した意味はなかったわけですし、才能では到達できない感覚を求められて来ている現在では、「天才」には、もう、実体がないと言わざるを得ないわけなのです。
(これは、必ずしも「芸術」や「創作」などに限ったことでも無いと思います)


「天才」と言う言葉に、今でも実体があるように思えてしまうのは、人々の心の中の「天才」が神格化されて、無条件に疑われることのないの領域になってしまっているからに他ならないわけです。


ところが、その神聖な領域が、どうにも”重荷”になってしまっているわけです。

人間がどこかに向かって進もうとすると、必ずその神域を侵さねばならない状況になっているわけです。

その領域を踏み越えていかないと、何処にももう進むべき方向が無いわけです。


現在、人間がどこかに進もうとすれば、若いうちには到達できないような境地に向かわねばならないでしょうし、人間の才能を超えたところにあるような感性に近づくことが求められるのでしょうし、そのために必要なのは「才能」」ではなく、「真面目さ」や「一所懸命」なのでしょう。


極端な話、同じことでも「天才」がやったのでは「ダメ」で、「真面目に」「一所懸命に」やってこそ価値が出て来るということでしょう。


ですから、現在の、「天才」がやれば「なんでもあり」と言うのとは正反対に、「天才でないこと」にこそ価値が見出されるはずなのです。


これは大事なことだと思いますよ。


「歳をとること」・「真面目さ」・「一所懸命」を軽視しない方がいいのかなと。

それでは、どこにも行くところがなくなってしまうのかなと。


そんな風に思います。




関連記事

管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


リンクはご自由にどうぞ

QRコード

QR