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「芸術」は手の届く所に置いておいてほしい



「芸術」を理解するには、「芸術に対する素養」が必要であるという考え方があるようです。
これを間違いだとは思いませんけれど、こういう考え方は、出来るだけ強調しない方がいいように思うわけなのです。

要するに、それは「芸術」を一般人の手の届かないところに、持ち上げてしまうことに成るように思うわけですね。


確かに、「ナニカ」について、何も知らずにそれを理解することは出来ませんし、何も見ずに「ナニカ」を感じ取ることもできないのでしょうから、情報が多い方がいいに決まっているわけですけれど、最も大事なのは情報の”質”であって”量”ではないのだとも思うのです。


そして、その”質”とは、「与えられる情報の質」ではなくて、情報を受ける側の「響きの質」であるように思うわけです。

つまり、どんなに「上質な情報」でも受け手に「響かなかった情報」には価値がないということですね。


例えば、カレンダーの絵柄としてみた絵でも人の心に「響く」場合もあるし、わざわざ外国の美術館まで見に行った絵でも「響かない」かも知れない。


とは言っても、もちろん「本物」は「響く」確率が高いに決まっているわけです。
「美術史」や「芸術論」についての知識もあった方がいいのでしょう。

でも、それを強調してしまうと、一般人は「さようなら」なわけです。
と言うか、最初はみんな一般人なわけですし、誰しも、はじめから「芸術論」ではないはずなわけで、最初のきっかけは「カレンダーの絵」だったりするわけですから、それをことさらに強調する必要もないのかなと。

そこで、「芸術的な環境」に恵まれていることが、どれほど重要なことなのかは計りかねますが、少なくとも、周りがそれを強調する必要と言うのはないように思うわけです。


それに、「芸術的な素養」のない人を締め出してしまうと、結果的には、「芸術」の世界が小さくなって、その小さい世界の中で「あーでもない、こーでもない」と言っているような、つまらないものに成り下がっていってしまうのかなと。

だから、出来るだけ門戸を広く開いて、『誰でも自由に入れますよ』ということにしておいた方がいいような気がします。

少なくとも、私なんかは、そうでないと入って行かれなくなってしまいますから、そういう感じにしておいて欲しいなと思ってしまうわけなのです。


「芸術」は誰でも手の届くところにあった方がいいのかなと。


そのように望んでおります。





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