FC2ブログ

「人間は特別な存在」ということにしてしまった方がいいのでは?



エコロジーなどの『地球環境を守ろう!』と言う話においては、『人間はもっと謙虚になって、自然を大切にしなければいけない!』と言われることが多いと思うわけです。

確かに、そのとうりだと思います。


人間と言うのは、いつも、あまり”後先考えず”に、自然を、いとも簡単に破壊したり、そうかと思うと、唐突に過剰な保護をしてみたりと、何かにつけて、やり放題なわけなのです。

だから、『もっと謙虚になって』と言うのは、当然な話ではあるわけです。
ただ、これがあまり”功を奏していない”ということが問題なのです。


人間が、文明を手に入れたことで、自分たちを「特別な存在」だと勘違いしてしまって、自然や、地球環境を踏みにじった行為を侵すようになってから、もう、だいぶ時間がたっているわけですけれど、それらの行為が根本的に改められるような兆しは、まだまだ見えてきていないように思えるのです。


これは、どうやら『人間は特別な存在ではない』と思おうとすることに無理が出てきているのかなと。
いっそのこと『人間は特別な存在である』としてしまった方がいいのではないかと思うのです。

『人間は特別な存在である』と言う人間の”勘違い”は、もう、そう簡単になくならないように思うわけです。
どうせ、変わらないならば、『人間が特別である』と言う前提で、『どうするのか?』を考える方が”マシ”なんじゃないのかなと。

「特別」だから『やりすぎてはいけない』と言う感じで、今までの『人間の力を過信してはいけない』と言う方向ではなくて、『人間の力がこんなに凄いんだから、こんなことしちゃまずいでしょ』と言う方が、まだしも有効なんではないかと思うわけです。

そして、そういう方向で一本化できれば、「自然保護」や「環境問題」に対する議論も、今のような”お座なり”のものではなくなるかもしれません。


現在は、この「人間の力」に対する「過信」と「謙虚」が時と場合によって都合よく使い分けられてしまっているのだと思うわけです。
(環境保護の側と、産業重視の側の両方に言えることだと思います)


むしろ、完全に「過信」し切ってしまうことで、やっていることの本当の”無意味さ”や、”だらしなさ”が見えて来るんじゃないかなと。


そんな風に思うときもありますね。
(思わない時もあります)




関連記事

Comment 0

There are no comments yet.