FC2ブログ

「時代」に身を任せると、とんでもない所に連れて行かれるよ!



「時代」についての話で、『いまの時代はおかしい』と言うと、必ずと言っていいほど、『いつの時代もそんなもんだったんじゃないの?』と言う人が居るわけです。

でも、これは『歴史から学んでいない』と思うのです。


人間の過去の歴史を見れば、一目瞭然だと思うのですけれど、人間は過去に、かなりたくさんの「尋常ならざる時代」を築きあげてきているわけです。

ナチス統治下のドイツや、世界を股にかけた「奴隷貿易」と言う、”人間の所業とは思い難い”ようなシステムなど、挙げればきりがないくらいに、「尋常ならざる時代」は沢山あると思うわけです。

日本だって例外ではなく、”天皇陛下は人間ではない”と信じられていて、”竹槍でB29を落とせる”と思われていたのは、たった数十年前のことなわけです。


そして、この「尋常ならざる時代」には、”マトモな”話はいっさい通じないわけです。

例えば、ヨーロッパの強国と言われた国は、ほとんど「奴隷貿易」や、その恩恵に関わっていたと思いますけれど、それらの国は、みな「キリスト教国」なわけです。

でも、そこでは「奴隷貿易」が、キリスト教の教えに反しているかどうかは問われず、『聖書の解釈を如何にして「奴隷貿易」に順応させるか』ということだけに頭が使われていたのでしょう。


そして何より、そういう「尋常ならざる時代」の中でも、人々はきっと、『いつの時代もそんなもんだったんじゃないの?』と言っていたに違いないのです。

だからこそ、その「尋常ならざる時代」が成り立っていたわけですから。


対して、「尋常な時代」はどうなんでしょう。

それは、『とりあえず、ひどい圧政が無くて平和ならばいい』と言うレベルでも、けっこう少なくなってしまうのではないでしょうか?


どの程度で「満足できるほど尋常な時代」とするかはともかく、少なくとも、「文句をつけるほど悪い所がない時代」と言うのが、意外と少ない(と言うか、ない?)ということだけは間違いないのではないかと思います。


要するに、「時代」には、間違った方向に向かって行くという性質があるのだと思うのです。

もともと、人間は「個人」のレベルでは、概ね「正しい方向」へ向かって行きますけれど、「社会」や「時代」という「人間の集合体」のレベルに成ると、一転して、概ね「間違った方向」へ向かって行くわけです。


それでも、人間は「社会」をここまで発展させてきたわけですから、すべての「時代」が「間違った方向」へ向かっていたとするのにも無理があるという考え方もわからなくはないのですが、実は、それらの発展の大半は「個人」が成し遂げたものなのではないかと思うわけです。


実際、あらゆる社会機構は「個人」の活動なくしては成り立たないものばかりです。
このことは、社会主義や共産主義が行き詰ったことで証明されているように思います。


要するに、「社会」や「時代」と言うものは、「個人」による”善意の判断”があってはじめて機能しているわけで、システムの中で、”没個人化”した人間、つまり、役職や、肩書などと言うものの中に埋没した「機能としての人間」が下した判断、そういう、システムに無機質的に従った結果の判断には、かならずや、「間違った方向」へ向かって行くという性質があるように思えるわけなのです。


ということは、まさに、『いつの時代もそんなもんだったんじゃないの?』なわけです。

つまり、それは、意味が全く逆で、『いつの時代も間違っていた』ということなのです。


おそらく、人間は、まだ、、いいと言えるほどの「時代」を築けてはいないのだと思うのです。

程度の差はあるにしろ、すべての「時代」が『間違っていた』わけで、『いつの時代もそんなもんだったんじゃないの?』だからこそ、そのままじゃダメなんだと思います。


それから、もう一つ言えることは、現在、『いつの時代もそんなもんだったんじゃないの?』と言っていられるのは、『誰かが、ひどく間違った時代を壊したから』であって、

みんなが『いつの時代もそんなもんだったんじゃないの?』と言い続けていて、「今」があるわけではないハズです。


いずれにしても、もう、歴史から学んだ方がいいのだと思うのです。

歴史が叫んでくれていることは、『「時代」に身を任せると、とんでもない所に連れて行かれるよ!!』
ということなんじゃないかなと。


そんな風に聞こえるのですが・・・・




関連記事

管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


リンクはご自由にどうぞ

QRコード

QR