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「エンターテイメント」の「嘘」はどこまで許されるのか?



「エンターテイメント」は時と場合によって、「嘘」を許されている文化だと思うわけです。 

ところで、その「嘘」はどこまでが許容範囲なのでしょうか?


例えば、時代劇で「剣豪」を演じる役者に、”本物”の剣の達人であることを求める人は少ないでしょう。
まして、殺陣のシーンで”本物”の日本刀を使わなければダメだと思っている人はほとんどいないでしょう。

でも、時代劇でもボクシングの映画なんかでも、あまりにも主人公が弱そうに見えてしまうと、どうしてもコントのようになってしまうわけです。

要するに、演劇においては、ほとんどの人が「嘘」でもいいから、”強そう”に見せてほしいわけです。


一方、同じ「エンターテイメント」でも、スポーツの世界では(スポーツをエンターテイメントだと仮定しての話ですが)、「嘘」はほとんど許されないものになっているわけです。

八百長はもちろんのことですが、弱い相手ばかりを選んで対戦していたりするというパターンも、それに気が付いてしまうと、見る側としては、かなりガッカリさせられるわけです。

ここでは、演劇とは違って、”強そう”ではなく”本当”に”強い”ことが求められているわけです。


そうなると「嘘」の許容範囲がどこまでなのかがわかり難くなってくるわけですけれど、実際には、これはかなり流動的なもので、その「エンターテイメント」を「ファンタジー」に置き換えられるかどうかで、見方がまったく違ってきてしまうものなのだと思うわけです。

つまり、時代劇においては、見る側においても、演じている側においても、ほぼ完全に、「エンターテイメント」が「ファンタジー」に置き換えられているわけです。


ちょんまげの人が町なかで刀を振り回しているというだけでも、現代人にとっては十分に「ファンタジー」なわけで、誰一人、”本物”の「切り合い」を見たことなどないわけですから、もともと「本当」か「嘘」かなんて誰にもわからないわけです。

でも、いくら演技とわかってはいても、ボクシングの映画なんかだと、”本物”も見ていますから、”本当に強い”のがどんな感じかがわかってしまうわけです。

だから、かなり”本物”に近い「作り込み」をしないと、「ファンタジー」への置き換えが成り立たなくなってしまうわけです。
感情移入しにくくなってしまうわけですね。


このことは「プロレス」を見ればわかり易いと思うわけです。

一方に、「プロレス」を目の色を変えて応援する人が居るのに、もう一方には、『あれはインチキですよ』と言って、相手にしない人が居るわけですけれど、これは、「プロレス」を「ファンタジー」として見ている人と、「スポーツ」として見ている人の違いが出ているのだと思うのです。

どちらかが正しいというようなものでもないと思いますけれど、観点が違ってしまっているので、この両者の話は成り立たないと思うわけです。

言ってみれば、片方が『座頭市ってカッコイイよね』といっている時に、もう片方は、『目が見えないのに、あんなに強いのはおかしい』と言っているようなものですから、この話がかみ合うことは無いわけです。


と言うわけで、「エンターテイメント」の「嘘」は、

それを「ファンタジー」に置き換えることが出来たところまでが、許容範囲なのかなと。


そんな感じですね。




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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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