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「ブログ」の中の「ブログ性」(続き)



前の記事の続きです。


「個人の独白」的な性質こそ、「ブログ」の中の「ブログ性」と言うべきものなのではないかという話でした。


そこで「個人の独白」についてですが、一般的な言葉と「独白」の違いは、”偽る必要があまりない”ということでしょう。
「独白」は、他人との間の利害関係を前提にしていないわけですから、”偽る必要はない筈”なわけです。

そうは言っても、「ブログ」の場合、「現実の知り合い」が見ることもあるでしょうし、利害関係も少しはあったりする場合もあるのでしょうから、”偽る必要”が全くないとも言いきれないわけですが、普段、利害関係に縛られて、常に”偽る必要”に迫られている現代人にとっては、「偽る必要がかなり少ない環境」と言えるでしょう。


それに、「日記」などでも言えることだと思うのですが、人間は、自分に対してすら”偽る”こともあるわけで、そこから完全には逃れられないとも思うので、それが少ないというだけでも価値のあることだと思うのです。


ここで、公開の場で語られた言葉を、「独白」とするのは間違っているという考え方もあるでしょう。

でも、「独白」と言うのは、ふと思ったことを口に出す「独り言」とも、表に出されずに自分の中だけで思考される「想念」とも違って、具体的な相手は想定されていなくても、「何か」に対して”語られる言葉”ではあるのだと思っています。

少なくとも、「自分の中のもう一人の自分」に対する言葉であることは間違いないように思います。
そして、その「自分の中のもう一人の自分」を「見知らぬ誰か」に置き換えることは出来ると思うわけです。


そこで、「個人の独白」であることが、「ブログ」の中の「ブログ性」であると同時に、個人が利害関係から解放されて、”偽りのない言葉”を世間に対して公表できるということが、「書く側」にとっても、「読む側」にとっても、また、「社会」にとっても、「ブログ」の持っている最も有用な「機能」なのではないのかなと。

今のところ、そんな風に思ってやって行こうと思っています。




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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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