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いろいろなことを巻き戻したいわけなのです



唐突ですが、いろいろなことを巻き戻したいわけなのです。
つまり、今の「時代」が受け入れられないわけです。


『いい年をして、なにを”コドモじみた”ことを言っているのか!』と言われるんだろうなとは思うのです。

それでも、この「時代」は受け入れがたいわけです。
「芸術」なんかに限ったことでもないのです。


自分だけのことでもなくて、誰のことでもなくて、すべての人のこととして、いろいろなことを、少し巻き戻してもいいんじゃないかと思うわけです。


私のような人間は、違う「時代」に生まれても、きっと、こんなようなことを言ってはいるのでしょう。
それは、私が「そんな人間」だからです。


でも、この「時代」は、「そんな時代」じゃないと思うのです。


『いつの時代も同じようなものなんだ』と、ずっと言い続けてきたわけです。
でも、だんだん追いつかなくなってきているような気がするわけです。

「不況」のせいなんかじゃあり得ません。
そんなことは、あまりにもわかりきっています。

これから先、どんなに景気が回復しようとも、どんなに「スバラシイ・セイジ」が実現されようとも、「いい時代」になるというわけでもないでしょう。

そんなことには、みんな”トックに”気が付いているわけです。


それは、待っていても来ないし、先に行けばいくほど遠のいていくでしょう。
ときどき、”巻き戻しながら”進んでいかなければ。


「時代」に翻弄されるようになってきているわけです。
「すべての人」が。


常に振りまわされているようにしか感じないのです。
「生きるということ」が。


「いまの時代」のなかで「生活するということ」が、「自分の人生を生きること」から離れてしまっているように思うのです。


なぜでしょう?

そんなことは説明したくもないわけです。
周りにいる人の誰か一人を見たらわかることですから。

その人も振りまわされているでしょう。

「いまの時代」に。



そんなことから、私なりに、少し「時代」を巻き戻すことにしたわけです。


私の周りには、「いま」を生きる人たちが居ます。
みんな「いま」に振りまわされています。

私も「いま」の中に居ます。
でも、「いま」を生きてはいません。

そして、振まわされてはいません。少なくとも「いまの時代」には。
少し”楽”です。


「時代」に”取り残される”という焦りが無いわけです。
実際には、「どちらかと言うと取り残されている」のにもかかわらずです。


世間で言われていることは、遠い「時代」のことに成ります。
世間が押し付けて来る「常識」とか、自分が勝手に創り出した「メンツ」や「プライド」、そうした枠から外れるわけです。

つまり、「いまの規範」を捨てることで、巻き戻した「時代」を生きているわけです。

「いつ」だっていいんです。

「いま」でなければ。


そして、少しですけれど、「自分の人生」を取り戻せたように思っています。


今までだって、人から見たら”自分勝手な”生き方をしているように見えたのだと思います。
でも、本人としては”一所懸命に”「時代」に合わせて生きてきていたわけです。

それに気が付いてしまったということです。


あと2~30年早く生まれていたら、そのまま年を取って死んでいったように思います。
(ブツブツ不満を言ってはいたでしょうけど)

でも、この「時代」は受け入れられなかったわけです。


だから、この「時代」に生きられる人はいいですけれど、「生きること」が”チョットオカシク”なって来ている人は、”巻き戻す”といいんじゃないかと思うのです。


そこに「鬱病」とか、「〇〇症候群」とかいう名前を付ける必要なんてないと思うのです。
人が”病んでいる”わけではないのです。
「時代」が”病んでいる”わけです。


そういう病気になっている人でも、なっていない人でも大きな差はないと思うのです。

みんな同じように「いま」に居ます。
そして、その「いま」が病んでいるわけです。


だから、大部分の人が「治療」では治らないと思うのです。

必要なのは「時代」を”巻き戻す”と言う「気分転換」なのだと思うのです。


ほとんど何もしなくていいわけです。
ただ、周りの人を見たときに、『あぁ、あの人も振り回されてる、”いま”を生きてしまってるからね』と思うだけです。

その「いま」は「”病んでいる”時代」です。
そして、自分は「遠い時代」から、それを見ているというわけです。

それは「”健康な”時代」です。
うまくすれば、少し”楽”になれます。


これは別に、周りの人を見て「あーあ、カワイソーニ」ということではありません。
たぶん、あちらから、こちらを見た方が、よほど「カワイソーニ」だと思います。

そこを気にしないというだけでいいわけです。


これを、徹底的にやろうとすれば、いろいろなものを捨てなければなりませんけれど、「気分転換」だけでしたら、自分の頭の中の「時代」を”すり替えて”やるだけでいいわけです。

ほとんど捨てるものも無いはずです。
要するに、「カワイソーニ」と思われても気にしないというだけのことです。


そこで『くやしい!』と思ってしまえば、一気に「いまの時代」に引き戻されてしまいます。
その『くやしい!』は違うときに使えばいいわけです。 


長くなってしまいましたが、とりあえず、こんな話を最後まで読んだ人と言うのは、”巻き戻し”てみてもいいんじゃないかなと。


それは、たった一人でできて、小さな発想の転換でできるようなことですが、「時代」を超えるという”壮大な”こととも言えるわけです。


まぁ、なんとなく、そんなことをやっていると言うわけです。



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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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