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人間は”三つが限度”なのかな?



何かにつけて、人間には限界と言うものがあるわけですが、その限界と言うのは意外なほどすぐそこにあって、要するに、たいしたことは出来ないというのが実態なわけなのです。


そこで、思うことなんですけど、『人間は”三つが限度”なのかな?』と言うことを感じるわけなのです。

例えば「大・中・小」とか「松・竹・梅」とか、三つで区切ると、人間がそれを把握しやすくなるような気がするわけです。


これは、風景画を描くときに使われる「遠景・中景・近景」と言うのから思いついたんですが、いろいろなことを三段階で捉えたり表現したりすると、わかり易くなったり、やり易くなることがとても多いということに気が付いたわけです。

それで、いろいろなことを、ことあるごとに、これに当てはめて考えてみるわけですけれど、実際、二段階だと落差が大きすぎて埋めにくいし、四段階以上に成ると、細かくなりすぎてかえって掴みにくくなってしまうと言うことがあるわけです。


これは、いよいよ、『人間は”三つが限度”なのかな?』と考えるわけです。

『おい、おい、たった三つかよ、人間!』と思うのですが、やはり、人間の限界は、意外なほどに、すぐそこにあるんだなと。


そんな風に思うわけなのです。




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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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