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「理性」と「本能」はもう対語ではないと思うのです



「理性」と「本能」といえば、対語ということになっているわけですけれど、現在の人間においては、事実上、この二つが反対の意味ではなく成ってきているように思われるのです。


もちろん、今でも先天的、遺伝的に受け継がれたものを「本能」といい、その「本能」を抑制するものを「理性」と言っていることに変わりはないわけですから、対語である要素も十分に残ってはいるわけです。


しかし、その反面、「理性」とされてきた部分が「本能化」していると感じることがあるわけです。

たとえば「言語」ですが、人間は誰にも教わらなければ「言語」を使って話すことはないのでしょうが、「親」が「子」に話しかけることも、「子」がそこから「言語」を学び取ることも、もはや、極めて「本能」に近い行動ではないかと思われるわけです。


これは、何を「本能」として、何を「理性」とするかという学術的な話ではありません。

ただ単に、「親」が「子」の初めて歩く様子を見て、『立った、立った!』と言って喜ぶのと、初めてしゃべるのを見て『しゃべった、しゃべった!』と言って喜ぶのは同じ事だろうということです。

そこで、『「立つこと」は「本能」で「しゃべること」は「理性」である』ということには意味がないように思うということです。


これは、何も、今にしてそうなったということでもないと思うのですけれど、その「言語」によって、「論理」を構築することですら、「本能」に近づいてきているということになると、もう、そこに「本能」と「理性」を明確に分け隔てる線を行くことはできなく成ってしまうわけなのです。


つまり、かなり隔たりがあった「本能」と「理性」の間が接近してきていたり、その隔たりがいろいろな要素で埋められてきていて、分けることが難しくなってきているように思うのです。


少なくとも、様々な意味で、人間は「理性」がないと生きられなくなってきていると思うのです。

確かに、「理性」がなくても最低限の「生命維持」はできるでしょうが、それは、人間としての「生きる」ではなくなってしまうわけですから、その状態を、「本能」と呼ぶということは、「本能」だけでは、人間が人間として「生きられない」という矛盾が出てきてしまうわけです。

つまり、それは動物の種として見た「人間」が「理性」を必要とする種に成ったということだと思うのです。

要するに、「理性」も一つの「欲望」でもあり、「欲求」でもあるということです。
そして、それが「本能的な欲望や欲求」に近く成ってきているわけです。


それは、「本能的な欲望」を抑制している一方で、「本能化した理性」の要求を満たそうとする動きに他ならないわけです。

でも、これは崇高であった「理性」が、動物的な「本能」に成ってしまって残念だという話ではなくて、むしろ、「人間」が全体的に「理性的」に成ってきたんじゃないかという話なわけです。

そして、どうせなら、もう少し進めて「理智的」ぐらいに成ったらいいんじゃないかと思うわけです。


「理性」か「理智」かは、ただの言葉のアヤに過ぎないわけですが、せっかく、「人間」という「種」が身に着けてきた「理性」を使って、ものごとの「本質」を見ようとする意識を持てば、それが「理智」になるのかなと。

逆に言うと、「理性」ばかりで「智」を持とうともしないということは、

「理性」が「本能」に成った今となっては、「本能マルダシ」と言うのと変わらないことに成るのかなと。
(もしかすると、そういうのを「スノッブ」と言うのかもしれませんね)


そんな風に思います。




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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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