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「あやまる」の種類



「あやまる」と言うのは、一つの文化だと思っています。
そして、その「あやまる」にも種類があるように思うわけです。


前にも、ここで書いたことがあるのですが、「あやまる」と言うことには、その国や地域の文化的な特徴がよく出ていると思うのです。
でも、その文化的な違いとは、また違って、「あやまる」には種類があると思っているわけです。


これは、よくある「謝罪会見」と言うのを見た時に感じたことなんですけど、「謝罪会見」を見て、いつも思うのは、『かえって、イメージ悪くなったんじゃない?』と言うことなのです。

墓穴を掘るっていうんですか?

一生懸命謝れば謝るほどイメージが悪化していくという感じになってしまうことがとても多いと思うわけです。
そして、それは「あやまる」の種類を把握できていないことに因るんじゃないかと思うわけです。


「あやまる」には、大きく分けて三つの種類があると思っています。

一つ目は、「挨拶」のような「あやまる」で、これは、たいして悪くなくても謝ったり、謝られたときに謝り返したりするような、言ってみれば、「社交辞令的あやまる」です。

前に書いた記事では、この「社交辞令的あやまる」について、もっと見直されていいんじゃないかと言うようなことを書きました。


二つ目は、謝る側のための「あやまる」で、謝られる側に対して謝ってはいるわけですが、謝る側は謝られる側のことよりは、自分の側のことを心配しているというパターンです。
つまり、その「あやまる」は「自己保身的あやまる」ということになるわけです。

ついつい本音が出てしまうという感じなんでしょうか。
要するに、これが「謝罪会見」を最悪のものにしてしまっているということです。


そして、三つ目が謝られる側のための「あやまる」なんですが、これは、「あやまる」だけでは成立しない場合が多いわけです。
謝られる側と言うのは、何かしらの被害を受けているわけですから、それを解消してもらわなければ納得しないわけです。

ところが、ほとんどの場合「あやまる」だけでは何も解消されないわけですから、実際に何をどう弁財するかとか、その後どのような行動をとるかということにかかってくるわけで(例えば、同じような過失を繰り返さないようにするということですね)、「あやまる」こと以上に、そちらが重要になってくるわけでしょう。

要するに、これが、本物の「あやまる」で、「誠心誠意あやまる」ということになるわけですね。


ところが、企業などが「謝罪会見」を開くような場合と言うのは、ほとんどの場合、そこには「取り返しのつかない過失」があるわけで、弁財するにしても、その代価の大きさが計り知れないくらいに大きい場合もあるわけです。

そこで、企業としては出来る限り損失を少なくしたいわけですから、どうしても、「自己保身的あやまる」になってしまうわけです。
一言で言えば”守りに入る”わけですね。

これでは、謝られる側が納得するわけがないでしょう。


こういう「あやまる」の種類が把握されるようになれば、いくらなんでも、現在のような「自己保身」が”見え見え”の「謝罪会見」は無くなるんじゃないかなと。


そして、「誠心誠意あやまる」ことを考えたら、つまり、相手の望むように弁財することが如何に大きな代償を伴うかを考えれば、二度と「同じ過ち」を繰り返さなくなると思うのですが、いつも、あやふやな「あやまる」で乗り切ってしまうために、何度も同じような過失を繰り返してしまうのでしょう。

と言うわけで、「あやまる」と言う文化は、もっとよく考えられていいんじゃないのかなと。


そんなことを考えてみました。


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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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