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「マイペースな時間」



世の中に、「マイペースな時間」と言うものが無くなってしまったような気がしてならないわけです。


社会の中で働いている時の人もそうですけど、家事労働などにおいても、あるいは時として、ただ単に道を歩いているだけでも、「マイペースな時間」で行動している人が少ないように思うわけですね。


例えばの話、家電製品の普及などによって、家事労働にかかる時間は飛躍的に短縮されたはずなのに、どう見ても、昔の人よりも今の人の方が”時間に追われている”ように見えるわけです。

これは自分自身にも言えることですが、どう考えても24時間が、”足りない”と感じてしまう時があるわけです。
一日で一日分の作業ができないというんでしょうか。


このことは、仕事などで時間的に拘束されていることとは、必ずしも関係が無いように思います。
むしろ、時間的な拘束のない主婦や自営業の人の方が、いっそう「マイペースな時間」を失っているように見える時も多いように思います。

逆に、仕事で拘束されている時間内の方が、かえって「マイペース」に成っている人と言うのも居たりするような気もします。


勤務時間中は、かなりな「マイペース」で仕事をしている人と言うのは結構たくさんいると思いますけど、その人が、タイムカードを押して時間的に自由になった途端に、明らかに「マイペースじゃない歩き方」に成るということは、よくあるんじゃないかと思うわけです。


たぶん、「マイペース」と言うのは、時間的な「ゆとり」ではないんじゃないのかなと思うわけです。

じゃあ、”ナニ的”な「ゆとり」なのかと言えば、「欲求」の「ゆとり」なのだと思うのです。
つまり、「欲張りな人」は、いつも「マイペース」ではいられなくなってしまい、「欲が無い人」は、どんな状態でも、だいたい「マイペース」です。


例えば、1時間かけてやっていた作業を、電化製品などを使うことで10分で終わらせることが出来るようになったとしても、「欲張りな人」は、余った時間をすぐに何かほかのことで埋めてしまうわけです。

やることは増えますけど、「マイペース」な時間は増えません。


「欲が無い人」は、逆に10分で終わるはずのことが1時間かかったとしても「マイペース」です。


そして、この「マイペース」な時間を持っている人が、少なくなっているように思うわけです。
つまり、「欲張りな人」が増えているということです。


でも、これが悪いことだとは思いません。

むしろ、「意欲的」という意味ではいいことなのかも知れません。
ただ、それがうまくコントロールできていないという感じはあるわけです。

要するに、いろんな「欲求」を植え付けられてしまっているわけです。
ただ、漫然と生きていてはいけないんだと思わされてしまっているわけです。

この”思わされて”がよくないように思うのです。


自分の基準で、ただ単に漫然と生きていてもいいように思いますし、かなりのところまで「欲張りな生き方」をしてもいいように思うわけです。


でも、それが人に植え付けられた基準に基づいたことだとすると、それが「マイペース」であっても「欲張りな生き方」であっても、どっちにしろ、それは、「マイペース」ではないんじゃないのかな?と思ってしまうわけです。


つまり、「マイペースなマイペース」もあるし「マイペースじゃないマイペース」もあるということです。
逆に言うと、「マイペースなマイペースじゃない」も
「マイペースじゃない、マイペースじゃない」もあるということに成ります。
(↑たぶん、イミガワカラナイでしょうが、三回読めばわかると思います。)


要するに、自分の基準で「そのマイペース」を把握できていればいいんじゃないかと思うわけです。

「そのマイペース」が”アウト”なら、止めちゃった方がいいと思いますし、
”セーフ”なら、続けてもやめても、どっちでもいいのかなと思うわけです。


ただ、「マイペース」が何か生み出すとも限りませんし、「欲張りな生き方」が何か生み出すというわけでもありませんから、その時々で好きな方を選んでいいんじゃないかなと。


『こんなの、どうせ、読んだ人には意味が解らないんでしょうねぇ』

『だから、なに?』

という「マイペース」など。



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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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