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「人間の底」



人間には、それぞれに「人間の底」があると思っているわけなのです。
まぁ、一言で言えば「能力の限界」とでも言うんでしょうか。

そして、その「人間の底」が見えないタイプの人には、どこかミステリアスな魅力があったりするわけです。
また、そういう”底が見えない”タイプの人を「カリスマ」と呼んだりしているのだと思うわけです。
(宗教的な意味での「カリスマ」に限らずですね)


でも、この「カリスマ性」を、本当のその人の能力と見てしまうことは、間違いだと思うのです。

そもそも、ここで言う「カリスマ性」は”底が見えない”ということから生まれているわけですから、その場合、その人の「人間の底」はまだ確認できていないわけです。

そして、見えないと言うことで、それが”計り知れないほど”深い所にあるに違いないという印象を与えているわけです。
でも、逆に言えば、それは意外と浅い所にあるかもしれないということです。


そして現に、それは浅い所にあるわけです。

こんな言い方をすれば、『そんなことを、お前ごときが決めつけるな!』と言われるでしょうが、私は、「人間の底」はどんな人でも浅い所にしかないと思っているわけです。


まぁ、逆にどんな人でも深いところにあるとも言えるんですけどね。

要するに、”計り知れないほど”と言うのが問題で、それは、つまり「無限」を意味してしまうわけです。
どんな人でも、その人の持っている「人間の底」は、とても深い所にあるのだと思っていますが、それは「無限」ではないということです。

『まぁ、無限よりは浅いでしょう』というところですね。


やっぱり、人間のすることは「有限」であるわけですけれど、「人間の底」が見えないでいる間は、人の心の中に、それが「無限」であるかのような印象を創り出すことが出来るわけです。

そもそも、それが「カリスマ性」と言うものなんだと思うのです。


逆に言うと、その人の「人間の底」が見えてしまうと、「有限」であることが”バレて”しまうので、「カリスマ性」は失われて、魅力も半減してしまうと言うわけなのです。


でも、もう、人間はこういう「カリスマ」や「天才」と言う言葉の呪縛から解放されていいように思うのです。


「宗教」で言えば「神」、人間で言えば「カリスマ」や「天才」ということに成りますが、実は、これらはみな同じもので、言ってみればどれも「偶像」だと思うのです。
(「ことば」だけでも、十分「偶像」に成り得ると思っています)


もう、人間は自分たちの持っている「本当の魅力」に気が付かなければいけないように思うのです。
そして、それは、「無限性」ではなく「有限性」にあるわけです。

一人の人の「人間の底」は、その人にとっては「有限」ですけれど、その「有限性」こそが、他の人から見れば、一種の「無限」でもあるわけです。


つまり、人の心の中と言うのは、他の人からすれば、正に”計り知れないもの”に他ならないわけで、それが実際には取るに足らないようなものであっても、それを把握できる人は、本人を置いて他にはは居ないわけです。
(実際には、本人でも把握し切れないでしょう)


だから、「人間の底」を見えなくすることで生み出される「カリスマ」や「天才」に頼る必要は、もうないのだと思うのです。

本当ならば「人間の底」は、良く見えていた方が魅力があるはずのものなのだと思うのです。
そして、それこそが「底知れない魅力」に成るのだと思っています。


「無限」や「絶対」や「完全」を求めさえしなければ、その「有限」や「相対」や「不完全」が魅力的であることに気が付くのだと思うのです。
そして、それこそが「表現の自由」であり「自由な表現」でもあります。


「個」をつぶしてしまう「自由」などあり得ないわけです。
「個」と「個」の間に格差を作り出すような「自由」など何の意味もないのです。


すべての「個」が、同じ価値のものとして認め合うことが出来て、はじめて「自由」と呼べるのです。


そして、そうすれば「人間の底」は、もう隠して置くようなものではなくなって、みんなが「自分の底」を見せ合って生きられるようになるのかなと。


そんな風に思っています。




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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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