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「人間の醜さ」を見続けること



人間は過去において、さまざまな「醜いこと」を行ってきたわけです。
そして、それらは今だに続いているようにも思えるわけです。


それでも、なんとなくですけど、人間がそれらの「醜いこと」から、これから先、徐々に抜け出していけるんじゃないかと言う”兆し”が見えてきていると思っているわけです。

 ※それは、「昔ながらの醜さ」から「新しい醜さ」への移行にすぎないのでしょうが、
  その「変化」には、意味があると思うわけですね。

これは「希望的な観測」なのかも知れませんけれど、私は、人間が過去の時代よりは”愚か”ではなくなっていくような気がするわけです。
(実際、人間は「文明」や「文化」を創り出したわけですし、それを完全否定できる人は、あまりいないと思いますので)


きっと、「差別」はなくなっていくと思っていますし、「戦争」のような「殺し合い」もなくなっていくように思います。
実際、これらについては、すでに歴史の中でのピークを過ぎているのではないかとも思います。

また、もう少し小さな視点で見ても「犯罪」や「イジメ」や「各種ハラスメント」なんかも(これらは、まだピークを登りきってすらいませんが)、将来的には「無効化」されていくように思っているわけです。


ただ、歴史のサイクルはとても長いので、それがいつになったら実現することなのかはわかりません。
それでも、きっと、いつかはそんな風になるんだと思います。


少なくとも、現在日本で生活している限りにおいては、「平和」と言ってもいいように思うのです。

もちろん、その「平和」の内容については、『こんな平和でいいのか?』と言いたいことは沢山あるわけですけど、それでも、『いま、日本は平和じゃないのか?』と言われれば、『いえ、確かに平和ではあります』と答えるのでしょう。


でも、そこで、その「平和」の中にあってこそ、「人間の醜さ」を見続けていくことは重要なことに成っていくんじゃないかと思っているわけです。


つまり、豊かな食糧に囲まれている時こそ、『今、昔のような飢饉が起きて食料の供給が途絶えたら、この隣人たちはどこまで醜くなるのだろうか?』というような問いを、そして、自国において戦争が起きていない時にこそ、『今、人が殺し合うような事態が発生した時に、百人のうち何人までが、人を殺さずにいられるのだろうか?』と言うような問いを持ち続けることは、「醜いこと」を無効化して行くうえで、とても重要なことだと思っているわけです。


人は「差別」がなくなれば「差別」をする「人間の姿」を見ようとしなくなります。

人は「戦争」がなくなれば「殺し合い」をする「人間の姿」を見ようとしなくなります。

要するに、それらが自分たちの中にある「醜さ」を見せつけて来るのです。
だから、せっかく平和になったのに、なんでわざわざそんな「醜さ」を引きずっていなければいけないのかと苛立つわけです。

そうして、喉元を過ぎたころに、また同じ「醜いこと」を行ってしまうということを繰り返して来たわけです。


これは「自分の中の醜さ」を認めてしまえばいいことなのだと思うのです。
実際には、その「醜さ」は大したものでもなくて、「小さな醜さ」なのだと思います。
それが、周囲の状況によって増幅されて「醜いこと」を行うに至るわけです。


だから、それを増幅しないようにするのがいいと思うわけです。
平和な時に、そんな「人間の醜さ」を見ていれば、周りが平和なだけに、それはとても非道なことに見えますから、

そんな風にはなりたくないと思うでしょう。


そう思っていることで、「醜いこと」から少し離れられるかもしれません。

そんなことが繰り返されていって、いつかはきっと「醜いこと」が少なくな成って行くんではないのかなと。


そういうことを考えてみたりもするわけです。



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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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