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「哲学を持った芸術」と「芸術を持った哲学」



「哲学」と「芸術」という二つは、人間の精神活動の中で、最も重要な二本の柱だと思うわけです。
そして、この二つの要素がないと、他のどんな分野においても、「人間の精神」にとっての価値が高いものは、生み出されないのだと思っているわけなのです。


つまり、「哲学のない〇〇」や「芸術のない〇〇」というのは、「人間の精神」に十分な満足を与えてくれるようなものにはならないと思うのです。


もちろん、「哲学」や「芸術」がなくても、実用性や功利性において価値のあるものはたくさんあるわけですけれど、それらが、さらに「人間の精神」を満足させるようなものと成るには、この二つがどうしても必要になってくるのだと思うのです。


そして、この二つを同時に兼ね備えたものが理想的だということなんでしょう。
さらに言えば、「哲学」には「芸術」が、「芸術」には「哲学」が必要なんだとも思うわけです。


つまり、「哲学を持った芸術」と「芸術を持った哲学」が、「芸術」と「哲学」の理想形であるということに成るわけです。


そして、これらのものがあらゆる物事にかかわっていくことで、「社会」や「文化」が豊かになっていくんじゃないかと思っているわけです。


そう考えると、現在の日本の「学問」や「教育」のあり方というのは、どう考えても、片手落ちな気がしてしまうわけです。

まず、「哲学」に関しては「学問」としても「教育」としても、一般的には、あまり重要視されているように思えませんし、「学問」全体の中で「哲学」は孤立してしまって、唯我独尊の立場にあるように見えます。

「芸術」に関しても、その作品自体や有名な作家のことについては知られていても、「芸術」自体のことを考えるというような、「芸術の核」に当たる部分については、ほとんど、重視されることがないように思われるわけです。


もし、これから世界が一つにまとまっていくということがあるならば、「芸術を持った哲学」と「哲学を持った芸術」が実現されていくような「世界」を作っていけたら、それは、「今より少しいい世界」に成るんじゃないのかなと思うわけです。


つまり、そんな「世界」になったら、「人間の精神」にとって居心地がよくなるんじゃないのかなと。

そんな風に空想してみるわけなのです。
(そんなに、うまくはいかないか?)




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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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