FC2ブログ

「名前」について



「名前」には「姓」と「名」があるわけです。
その二つはなぜ別個に存在するのでしょうか?


「姓」は家柄を示していて、「名」の方は個人を示しているわけですけれど、なぜ、「名」だけではいけないのでしょうか?
いったい何のために「姓」は必要なのでしょうか?


確かに氏素性を現すものとして、「姓」があることで、その人のいろいろなことがわかるようになっているわけですけれど、そういうことは、どこかで身分とか格差を生み出す”モト”に成っているんじゃないかと思うわけなのです。
と言うよりも、もともと身分や格差を生み出すために「姓」を作ったんでしょうね、たぶん。


「歴史」や「伝統」を受け継いでいくことは大事なことだと思っていますけれど、それは、「血筋」や「家系」として受け継がれる必要は無いんじゃないかと思うわけです。


「血筋」や「家系」から受け継がれているものの大半は、「地位」であり、「権威」であり「財産」であります。

もちろん、もっとダイレクトなことでは、「遺伝子」が受け継がれているわけですが、実際の影響としては、「地位」や「財産」の方が大きかったりもするわけです。


そうなると、もう「姓」は要らないんじゃないかなと。
「名」だけでいいと思うのです。


それを嫌がるのは、イイ家柄の出身の人たちでしょう。

せっかく、イイ家に生まれたのに、それを名乗れなくなるのは損した気分でしょうが、イイ家に生まれなかった人は、始めからそれを名乗れなかったわけです。


イイ家に生まれた人たちは、それでなくても、十分にそこから受け継いでいるものがあるわけですから、それで満足してもいいんじゃないかと思うわけです。


そういうフラットな社会を気持ちよく思えるように成ったら、、もう少し、いいんじゃないのかなと。


そんな風に思っているわけです。
(まぁ、無理でしょうけどね)


関連記事

管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


リンクはご自由にどうぞ

QRコード

QR