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「宛名も差出人名もない書簡集」



「ブログ」っていうのは「宛名のない手紙」みたいなものだと思うのです。
さらに、有名人の「ブログ」でない場合は、「宛名も差出人名もない書簡集」ということに成るわけです。


つまり、『誰が書いているのかわからない』そして『誰が受け取るのかわからない』
そういう「誰か」から「誰か」へと、日々手紙が投函されていって、その手紙が集められて溜まっていく、そういう、ウェブ上に保管された「書簡集」が「ブログ」なんだと思うわけです。


なかには、非公開で「ブログ」を運営している場合もあるんでしょうが、それは「ブログ」と言う形をとってはいても、メール交換やメモ帳代わりに近いもので、「ブログらしいブログ」とは言えないと思うわけです。

つまり、完全にプライベートなものは「ブログ」らしくはないということなんでしょうね。
(もちろん、そういうのが悪いという話では、ぜんぜんないですよ)


しかし、また、その反対に、「プライベート性」が、まったく見えない「ブログ」と言うのも、「ブログ」らしい「ブログ」とは言えなくなるのではないかと思うのです。
(こちらも、悪いということではなくですね)


例えば、有名人の「ブログ」や、お店や会社の「ブログ」なんかにしても、書いている人の「個人的な性質」が現れていると、読んだ人が『ブログらしいなぁ』と感じられるように成るのだと思うわけです。

その逆に、公式見解みたいなものが書いてあるだけの「ブログ」は、「ブログらしさ」と言うことに限って言えば、「ブログ」らしくないのかなと。


要するに、「ブログらしさ」っていうのは、「プライベート」な性質がありながら、その「プライベート」が”開かれている”ということなんだと思うわけです。

そしてさらに、その「プライベート性」の「曖昧さ」と「偶然性」も「ブログ」の特徴だと思うのです。


例えば、ある「ブログ」を、一人も読まないかもしれないし、何万人もの人が読むのかも知れないわけです。

つまり、手紙で言えば、受取人が一人も居ない場合もあるし、何万人もいる居る場合もあるということです。
ただし「書簡集」ですから、最初は受取人が居なくても、それが後から読まれるということもあるわけです。

誰も受け取っていない段階では、それは「プライベート」な日記や備忘録のようなものですが、受け取る人が居て、初めてそれはメッセージになるわけです。

つまり、≪曖昧かつ偶然的に開かれている個人(プライベート)≫、これが「ブログ」なんじゃないかと思うわけです。


『だから、なんなんだ!』と言われてしまえば、それまでなんですけどね。


要するに、そういう≪社会の中に投げ込まれた「個人の独白」≫みたいなものを、「ブログ」の中の「ブログ性」と呼んでいこうと、私は思っているわけなんですよね。


何かの役に立つ「ブログ」や、有名な人の「ブログ」なんかは、とても人気があると思うんですけど、それとは別に、こういう「ブログ性(ブログらしさ)」っていうのがあってもんじゃないかと思うわけですね。


どうしても、「役に立つブログ」や「有名人のブログ」が一番注目されるわけですけれど、もう少し、「役に立たないブログ」の価値も考えられていいような気がするんですね。


いえ、自分のブログが役に立たないから言ってるわけじゃないんですよ。
ただ、ちょっと「実用性」や「娯楽性」に重心が傾きすぎてしまっているような気がするわけですよね。

それだと結局は、テレビやマスコミの延長だったり、実用書やノウハウ本の延長だったりして、「ブログ」というものが、独立した文化にはなれないような気がするんですよね。


そもそも、「ブログ」という媒体がここまで発展してきたのは、そういう既成のメディアにはない「個人性」や「無名性」「素人性」みたいなものが見直される必要があったからなんだと思うんですよね。

それなのに、いろんな意味で「プロっぽいブログ」ばっかりになってしまったら、テレビを見たり、実用書を読んだりしていたのに逆戻りなわけでしょ?


『お前のような奴に、そんな偉そうなことは言われたくないわ!』って言われそうですけどね。


取り敢えず、そんなことで「宛名も差出人名もない書簡集」というのを、このブログの「カテゴリ」として加えてみたというわけなのです。





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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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