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「教科書の中」でしか達成されていないこと



「教科書の中」では成立したことに成っていることでも、実は、まだ本当には実現していないことというのがあるんじゃないかと思っているわけです。


例えば、「教科書の中」では、いろいろな国で、それぞれいろいろな革命運動が起きて、「自由・平等・平和」が実現されたということになっているわけです。

でも、実際には、本当に「自由」で、本当に「平等」で、本当に「平和」な国なんて、まだ、どこにもないんじゃないかと思うわけです。


こういうようなことは、他にもあるんじゃないかと思いますが、それらのことが、「教科書の中」や「歴史の中」では達成されたことに成ってしまっているために、かえって、実現しなく成ってしまっているような気がするときがあるわけです。

つまり、建前としての「自由・平等・平和」が成立してしまっているために、現実の生活レベルでの「自由・平等・平和」が、お座なりの扱いになってしまっているということです。


でも、実際に重要なのは、どちらかと言えば、そういった生活レベルの「自由・平等・平和」であって、建前なんてどうでもいいと言うわけではないにしても、それが身近なところに生かされなければ、あまり意味が無いわけです。

だから、教科書に、「自由な国」も「平等な社会」も「平和な世界」も、まだ、どこにも実現されていないということを明記してほしいと思うわけです。


まず、そういうものが、まだ存在していないんだということが痛切にに理解されていないと、その「夢の国」が実現されることもないんじゃないのかなと。


そんな風に思ってしまうわけなのです。
(『どっちにしろ無理でしょ?』というのは、また、別の話ということで)




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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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