FC2ブログ

「遺伝された能力」と「個人の能力」



「人間の能力」には、「遺伝された能力」と「個人の能力」があると思っているわけです。


「遺伝された能力」とは、親や先祖から受け継いだものです。

ただし、肉体や脳などの「ハード・ウェア」的な部分だけでなく、文化や民族特性のような「ソフト・ウェア」的なものも含まれるのだと思うわけです。
また、両親や先祖から直に受け継いだものだけでなく、社会から受け継いだものも、広い意味での「遺伝」だと思っています。

要するに、教育や仕事から与えられる知識なんかですね。


そうなると「人間の能力」のほとんどが、「遺伝された能力」ということになるわけです。


「人間の能力」にとって、「受け継がれること」は非常に大きな役割を占めていると思うわけですけれど、その中で、ほんのわずかな部分でも「個人の能力」があれば、それは結構大変なことなんじゃないかなと、そんな風に思ってしまうわけなのです。

そして、その「個人の能力」とは、何なのかと言えば、「気まぐれ」や「偶然」や「マグレ」のような、「人の意識」とは無関係なものから生まれるものなんじゃないかと思うのです。


「人の意識」によるものは、必ず「遺伝された何か」に依存しています。
だから、それは「個人の能力」とは言えないと思うわけです。

「人の意識」が入り込む余地のない、「偶発的」なものだけが「個人の能力」に成り得るわけです。
ただし、「マグレ」だけでは、それを能力ということはできないでしょうから、「マグレ」や「偶然」をきっかけにして、そこから「何か」を作り出さなければならないわけです。

そして、そこに生み出された「何か」を、自分のものとして修得したものが「個人の能力」なんだと思うわけです。


ただ単に「遺伝された能力」を「個人の能力」と勘違いしてしまうことが多いんじゃないかと思うのです。
でも、それはちっとも「自分のもの」なんかじゃないわけです。

「偶然」がもたらす機会は、与えられたものですが、それを「発見」して、意味を「創作」して、それを「習得」することは、その人による、その人の「個人の能力」なんだと思います。


これがほんの少しでもあれば、なかなか大したことなんじゃないかなと。


そんな風に思っているわけです。


関連記事

Comment 0

There are no comments yet.