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「見ること」・「知ること」・「言うこと」



「表現」と言うのは、「見ること」にはじまって、「知ること」を経て、「言うこと」に至るのだと思っているわけです。


その最後の「言うこと」だけを取り上げて「表現」と言ってしまいがちなわけですけれど、その前に「見ること」や「知ること」が無ければ、その「表現」は意味のあるものにはならないのだと思うわけです。


「見ること」において、大事なのは「見たくないものを見ること」でしょう。
「見たいもの」だけ見ていても「見たこと」にはならないでしょう。

そして、人間が一番見たくないものは、「自分の姿」だと思うわけです。
「自分の中の嫌な部分」が、人間にとって最も「見たくないもの」でしょう。


「知ること」は、「考えること」とも言い換えることが出来るでしょう。
「見たくないもの」を見つめて、それについて考えて、何かの「意味」を見つけ出したら、それは一つの「智」となるのだと思うわけです。


「言うこと」で大事なのは、臆することなく「言うこと」でしょう。

それは、つまり、何かに対して「配慮すること」と、誰かに対して「へつらうこと」を混同しないことでしょう。

「媚やへつらい」を「人への配慮」に置き換えて、「媚びへつらっている自分の姿」を「見ないように」してしまえば、はじめの「見ること」の段階に引き戻されてしまうわけです。


さて、そこで、

自分の中の嫌な部分をよくよく見つめて、

そのことをよくよく考えて、意味を見つけ出して、

さらに、それを何者にも臆せずに言う。


ゴメンナサイ、無理です。


まぁ、一応の目安ですね。
理想形としての目標ということで、一応置いとけばいいのかなと。
置いとくだけでも、少しはイイのかなと。


そんなところです。





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プロフィール

ふたつ

Author:ふたつ
※トップ画面とプロフィール画像の絵は習作として描いた絵です。

ご訪問いただき、ありがとうございます。

自分自身の制作に対する姿勢を示した「宣言文」をブログの形で発表するのは、筋が違うのかとも思いますが、このような形しか思い当りませんでした。
ご容赦ください。
興味のない方にはたぶん面白くないでしょう。

ただ、私はここに書いたことがこれから確実に起きることだと思っています。
と言うよりも、すでに起きていることだと思っています。
「天才の時代」は、もう終わらせなければいけないと思うのです。
「天才」なんてもう何処にも居ないのだと思うのです。
「天才」は、もう誰にとっても必要ないモノに成っているんじゃないでしょうか?。
「普通の人」が、もっともっと芸術に関われるようになったら、
少しいいんじゃないかと思います。

いえ、芸術に限った話でもないのです。
全てのことが、今よりもっと「普通」でいいんじゃないでしょうか?
「個性とは実は最も普通なことなのではないのか?」
私はそんな風に思うのです。

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1960年の生まれです。
横浜在住です。
過去に何一つ実績と言えるものはありません。
30歳に成った頃、絵を描き始めました。
その後、細々と美術に関わる仕事をしていましたが、自己作品の制作にはあまり積極的とは言えませんでした。
2013年のはじめ頃から、自己作品に対する欲求が生まれ、現在は妻の収入に頼って、ようやく制作に漕ぎ着けております。

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読みづらいところもあるかとは思いますが、読んでみて下さい。


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